Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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2010年 08月 20日
「語り継がれる幕末・維新の京都」あるいは龍馬復活
 北山の京都府立総合資料館で「語り継がれる幕末・維新の京都」という企画展が行われている。覗いてみようと思っていつつズボラをかましていると、会期(7/22~8/22)は残り二日。ということで重い腰を上げて出かけてみたところ、いくつか興味深い展示物も目に留まった。

 たとえば、坂崎紫瀾著『坂本龍馬』。解説によれば「汗血千里駒」(明治十六年[1883年])の改訂版として出まわった本とのことで、刊行は明治三十三年、博文堂となっている。NHK大河の『龍馬伝』では、香川照之演じる岩崎弥太郎に龍馬を語らせる役回りの新聞記者として、ド脇役ながら登場している坂崎紫瀾だが、坂本龍馬を明治の世の中に呼びだした人物として記憶される必要がある。

 もっとも後世の龍馬像をいうのであれば、坂崎紫瀾はその先陣を切ったという意味で大切だが、より広く知らしめたという意味では「葉山の御夢」と称されるところの、日露戦争前夜の明治三十七年(1904)に明治天皇后美子(昭憲皇太后)が見たとされる瑞夢にまつわる噂話の方が重要だろう。今回の展示には、それに関連するものはなかったが、円山公園の坂本龍馬・中岡慎太郎像の写真を飾っているくらいだから、霊山護国神社にある忠魂碑の写真とその解説くらいはあってもよかったような気がする(この碑および「葉山の御夢」については、伊東宗裕氏『京都石碑探偵』に詳しい)。

 ところで、当方の認識としては、ひとたびは忘れられていた人物でありながら、さまざまな伝説や尾鰭をつけて華々しい復活を遂げた点で坂本龍馬はきわめて希有なケースという捉え方をしていたのだが、少々事情が違っていたようだ。それは、今回の企画展の中でのコーナー、「30年・60年後の幕末・維新像」に付されていた解説による。いわく、
 30年・60年後の幕末・維新像
 幕末・維新の変動の中から、天皇を中心に据える政治体制が生まれました。明治初頭の西南戦争や自由民権運動など、大きな政治的変動が終息し、日清戦争に勝利して大国意識が生まれ始めると、新政府の歩みを歴史として振り返るようになりました。また、維新から約30年を経ると、世代交代の時期にも当たりました。
 その過程で、幕末の混乱の中で死んだ同志たちを振り返る動きも顕著になります。長州の吉田松陰、久坂玄瑞、高杉晋作、土佐の中岡慎太郎、坂本龍馬などに光があたり、顕彰が始まります。当時の歴史を振り返る指標は、国家体制を反映して、如何に勤王であったかということでした。(以下略)
 これによれば、坂本龍馬だけではなく、吉田松陰にしても、高杉晋作にしても明治の当初は過去の人として記憶の隅っこに追いやられていたようである。生前に親交を持った人々が故人を忘れていたというのではなく、世間に対しては彼らの功績を正確にかつ積極的にアピールしなかったということなのだろう。明治の三傑と称される木戸孝允、大久保利通、西郷隆盛も、辛うじて方向性を固めるあたりまでの存命で、軒並み明治十年前後に世を去っており、新国家の実質的な舵取りは彼らの配下にいた者たちに委ねられる。後々には元勲と呼ばれる人々である。火急の問題が連続して歴史を省みる余裕もなかったのかも知れない。あるいは生々しすぎて時期尚早だったのかも知れない。しかし、それとともに数々の手柄を故人のものにしたくないとの思いもあったようにも思われる。いずれにせよ、死人にクチなしとでも言わんばかりに、亡き人々に対する顕彰は、等し並みに後回しとされていたようだ。

 幕末維新期の群像を考えるにあたっては、書簡等のリアルタイムでの史料、明治当初における評価、あるいは明治末期や大正昭和期ないしは戦後になって作られたイメージ、これらはそれぞれに区別して扱わねばならない事項だろう。話を後世のイメージに限定するにしても、新聞に代表される出版ジャーナリズムの思惑や動向、戦後であればテレビ文化という土俵の特殊性、そういったそれまでにはなかった要素が絡んでくるので、さらに注意が必要となる。坂本龍馬についていえば、司馬遼太郎『竜馬がゆく』(1962~66)のインパクトが大きいこともあって、世に横行する龍馬像は虚像だという批判も強い。だが歴史上の実像を論じているのか、イメージをもてあそんでいるのかをハナっから区別するのであれば、そうした批判自体も無用なものとなる。もちろん、実像とイメージを混同させる方が面白くなるのは間違いないことだから、話題づくりや便乗商法といった目的がある場合は、意図的な混ぜ返しもなされている。そうした動きに対する批判というのであれば、「イカンぜよ」と声高に言うのにも一理はある。
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by office34 | 2010-08-20 19:48 | 京都本・京都ガイド