Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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2010年 09月 22日
三宅八幡宮の石碑
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 上高野にある三宅八幡宮へ行ってみた。目的は、かの「戦利兵器」の碑を見るためだが、ここでもやはり「ありました」で終わってしまうのは請け合い。ということで、他に何か話題になるものがないかと探してみると、「戦利兵器」碑の隣に、大きな石碑があって、なんやら小難しい漢字がタラタラ並んでいる(写真クリックで拡大。右が戦利兵器の碑)。きちんとした読解には時間がかかりそうだが、おおよそのアウトラインなら理解可能。曰く、韓国併合を祝しての奉祭を記念して云々とのこと。漢文でタラタラやっているから、注視されることはほとんどないのだろうが、もし仮に参拝客や観光客が普通に目を留めて読んでいくような形式で書かれていたら、一悶着あってもおかしくない内容である。

 碑が設置されたのは明治四十三年となっている。当時の同時代的な認識からすれば、碑に書かれているような、併合を正当化して賞賛するものが一般的だったのだろう。少なくともそのように喧伝されて、多くの人々がそう考えていたに違いない。ところが現在的な観点に立つと、とくに韓国側の視点からすると腹に据えかねる記述になっている。また過激な左派活動家あたりなら、帝国主義時代の残滓と言って攻撃の矛先を向けてきそうなところでもある。もちろん、時々の世相や風潮に合わなくなったからといって古いものを破壊したりすれば、その方が横暴極まりない話で、歴史に対する冒涜でもある。実際のところ、三宅八幡宮にあるこの碑文をターゲットにして、その撤去などを求める要求(攻撃)があったのかどうかは知らない。現在も厳然と立っているところみると、たぶん、騒がれたこともなかったのだろう(一般には読まれづらい漢文体で書かれているのか幸いしたか?)。正確なところはともあれ、三宅八幡宮にある「韓国合併奉国祭碑」は、歴史的なモニュメントというだけでなく、時代の認識を映す資料的価値も有している。

 ちなみに、碑の標題にある篆書は北垣国道によるものである。琵琶湖疏水の事業を推進した京都府知事で、夷川ダムのところに像が建てられているお人だ。また、この碑文は湯本文彦撰となっている。こちらは『平安通史』の編著者として知られる人物。『平安通史』が平安遷都千百年紀念祭の行事として企画されたものであるとすれば、ほんの偶然ではあるが、この碑において明治の京都活性化に寄与した二人が居合わせていることになる。なお、石板に文字を刻んだのは芳村茂右衛門とある。京都の老舗で芳村石材という石材店があり、屋号を「石茂」というので、きっとそこの仕事なのだろう。

余談。三宅八幡宮といえば、やはり狛鳩が有名なのでは、ということで、写真をペタっと。ついでに、なぜか大楠公像があったから、これもペタっと・・・
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by office34 | 2010-09-22 09:15 | 京都本・京都ガイド