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Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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2011年 11月 29日
般舟院売却
新聞報道によれば、千本の般舟院の「土地と建物が競売に掛けられ、落札した北海道の不動産業者に所有権の移っている」とのこと(京都新聞電子版)。観光面での知名度があるわけでもないし、普通なら見落とすネタだったろうが、二尊院に触れた直後ということもあって目が留まった。というのも、この般舟院(般舟三昧院)は二尊院同様、「黒戸四箇所」の一つに数えられている寺院なのである。

「黒戸」とは宮中の仏事を司る寺院のことで「四箇所」には二尊院・般舟院・廬山寺・遣迎院が名前を連ねている。執行寺院がこの四つに集約された経緯や「四箇所」と通称されるようになった時期等は調べていないが、近世のことだろう。二尊院と廬山寺以外の二つは非公開寺院という事情もあって、調べてみると観光情報とは別の面白みが出てくる気がする。

それはさておき、二尊院について書いた後で、般舟院売却との記事に出合ったものだから、ことさらに拘ってみたくなった。実は、この般舟院については、黒戸云々以外のところで、かつて注目したことがあった。定家葛伝説である。伝説というよりは、出所がはっきりしているので謡曲「定家」というべきなのかもしれない。ただ謡曲になった元ネタを問題にする立場もあるから、一応「定家葛伝説」という言い方を使っておく方が無難だろう。細かいところは措くとして、般舟院には、この「定家葛伝説」に登場する式子内親王墓なるものが残されているのである(謡曲「定家」の梗概や式子内親王のプロフィールについては、『新撰京都名所図会3』[昭和36年,竹村俊則,白川書院]に詳しい)

初めてこの話を聞いたのは七~八年前のことだろうか。その際には現地を訪れてみたもののめぼしい成果は得られなかった。上にも触れたように般舟院自体は非公開寺院であり、情報の精度も高くなかったので、よくわからないということにして帰ってきたのである。その後、『新撰図会』に詳しい説明があることを知り、般舟院御陵なる御陵の近くの茂み?空き地?に五輪塔があるとのことも分かった。それで改めて出かけてみたところ、確かにそれらしいものはあったのだが、近くに由緒等を記したものもなく、「ありました」で幕引きをするしかなかった。

般舟院売却_a0029238_2250581.jpg思うに、祇王寺にある祇王・祇女墓にしても同じタイプのものではないだろうか。古い墓ないしは供養塔がいつしか誰々のものと言われるようになり、それが長く伝ってきたのではないかと思う。祇王の場合は、自らの半生を祇王の運命に重ねてその墓守たらんとした高岡智照尼の存在があるので、疑いを差し挟むべきものではなくなった。しかし厳密に突き詰めれば確証などは得られないはずである。式子内親王の場合は、種々の状況証拠というか、もっともらしい推測あるいは想像を刺激する事案はあるものの確証は存在しない。さらに五輪塔を篤く守る方もいなかったせいか、細々と語られる伝説のレベルに留まっている。(イラストは『新撰図会』)

そんな般舟院だが、思わぬ形で新聞ネタとなったようだ。火事などで焼失とかいうのなら、まだ同情も得られるかも知れないが、今回の件はややみっともないと言うしかない。もちろん、他人様の生活だから当方が批評する筋合いは、これっぽっちもない。だが、こうした経緯で焼失ならぬ消失ともなった日には笑うしかあるまい。

般舟院売却_a0029238_221373.jpg
伝式子内親王塚(写真は2006年)



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by office34 | 2011-11-29 18:46 | 京都本・京都ガイド