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Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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2012年 06月 22日
下松屋町通
下松屋町通_a0029238_473142.jpg

久しぶりに仁丹の町名看板をメーンテーマにしてみよう。先日、たまたま下京で見かけたブツである。大宮通を下がって花屋町通で右折したところ、そこで目に留まった。表記は「花屋町通下松屋町東入突抜二町目」とある。当方のアンテナがこれに反応したのは、大宮通からほんの少し入ったところだけなのに、表記には「大宮通」が使われていないからであった。

幹線道路と言わないまでも、けっこう大きな通りなのに、町名看板の表記で無視されている事例というと、すでに六条通で経験済みである(以前の記事)。したがって、ここでも、町名看板が設置された頃は大宮通は存在していなかった、ということなのだろう。もちろん「存在していなかった」というと言い過ぎである。大宮という名前の道それ自体は、平安京以来の歴史をもつ由緒のある大路だからだ。それでも西陣のあたりでも、現行の大宮通と別個に旧大宮通が存在するといった現象もあり、「大宮(大路)」は昔からあったにせよ、現在の大宮通とは別物と考えねばならない。今回の一枚に関連付ければ、大宮通からほど近くにあるにせよ、仁丹設置の時代には四条大宮から南下して九条通に突きあたる道は大通りではなく、たいした存在感もなかったので、町名看板の表記も「大宮通西入」とはならない、ということである。

関田町や上七軒で時代を幻視させる町名看板の昇天が続くなか、別な1枚を見つけたとほくそ笑んでいたわけだが、ふとあることが気に掛かってきた。それはこの町名看板に書かれている「下松屋町」についてである。掲出されている位置から考えれば、大宮花屋町の交差点から西に入った一つ目の路地のことだろう(手前に南側のみの図子がある)が、空間上での同定が問題ではない。それの名前が《下+松屋町通》となっている点がポイントなのである。

松屋町通という名前の通りは西陣にある。それこそ大宮通のすぐ西にある路地であり、いかにも西陣っぽい街なかをひっそりと通っている。ただ西陣の縦小路によくあるように、松屋町通もまた二条城に突きあたって打ち止めとなる。大宮通もまた二条城で途切れるのだが、由緒があるためなのか、城の敷地をとび越えて南側にも続いている。それに対して、一筋西側の路地は二条城の北では松屋町通だが、南になると神泉苑通となっている。応仁の乱や二条城築城の事情を思うと、平安京時代の名前が継承されていなかったり、二条城の南北で状況が一変していたりするのは驚くには当たらない。むしろ、二条城の北にしか存在しなかったはずの松屋町通が、「下」の冠をつけて、下京に登場していることが興味深いのである。通り名の由来等々をつついてみると、面白そうな話題がでてきそうな気配である。

なお、件の通りの現在の正式名称はというと、「京都市認定路線網図提供システム」上での呼称に従えば「一貫町通」というものが記されている。そして、その名前は昭和三年の京都市公報にも見られるものであり、「松原通上長福寺町二一八」と「正面通突抜二丁目三八二」の間に適用されている(新旧変わらず)


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追記(2012.06.23)
この記述には内容訂正があります。23日の記事も併せてごらんください。



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by office34 | 2012-06-22 03:41 | 町名看板