Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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2014年 01月 04日
祇園閣・京都タワー・時代祭 ~キッチュ愛(15)
年を越して続けてしまったキッチュ論議だが、もういい加減に幕引きをせねばなるまい。最後に、出発点の祇園閣に戻り、全体の要約的な意味合いのものを書いておく。

八坂は円山公園の南側にある大雲寺、その敷地内に奇矯な建築物が建つ。名付けて祇園閣。大雲寺が現在地に移転するにあたって敷地ともども取得したもので、もとは大倉喜八郎の別荘地に立てられたモニュメント的な楼閣である。日本近代史に「政商」や「成金」の代名詞のごとく名を残した大倉喜八郎、その大倉が晩年に自らが生きた証となるモニュメントとして建築した建物である。楼閣の北側には、大倉財閥を継いだ喜七郎名による記念碑が残されている。碑文に曰く「始め翁齢九旬にして気益壮なり茲に記念建築を造営して永く国運の隆昌と旧都の繁栄とを祝福せんこと我企図し工学博士伊東忠太先生に嘱して案を作らしめ大倉土木株式会社をして其の施工に当らしめ終世自ら之を□督す」と。伊東忠太設計、大倉土木施工によるこの工事に対しては、九十路を越えてなお元気だった喜八郎は当初は陣頭指揮をとっていた(頻繁に注文をつける程度?)ようだったらしいが、昭和三年の四月にその生涯を閉じ、六月の落成を見るには至っていない。また「閣三層方三十五尺高さ地を■くこと一百二十尺鉄条を骨とし凝土を筋とし石材を以て之を装ふ磴階盤旋第二層に至れば既に洛の中外を瞰下すべく第三層に至れば遠く摂河の平野を望むべし屋上高〓天に冲し尖頂の金鶴翼を張て九皐に鳴かんと欲す洵に西都第一の異彩なり」(■:判読不能、〓:キヘンに棠)ともある。約10メートル四方の床を三層重ねた上に金の鶴を飾る尖塔を立てて約40メートルとする鉄筋コンクリート製。楼内の石段を巡って登れば二層よりすでに洛中が一望でき、三層に至れば大阪まで見渡せると云々。

碑文が「西都第一の異彩」と称揚するのは、祇園閣碑自体がこの建築を顕彰すべく造られたものなので当然至極のことなのだが、刻まれた褒め言葉とは裏腹に、現代の目線からすれば「奇矯」という形容詞を送らざるを得ない。そこへ大倉喜八郎の人生を重ねると、俗臭の極みを感じないわけにはいかない。確かに碑文がいうように、眺望においては見るべきものがある。「遠く摂河の平野」は言い過ぎでも、八坂界隈の瓦屋根群を間近に俯瞰できる場所はここをおいて他にはないことを思うと、それだけでも貴重な建築であることは認めるべきだろう。しかし建築の存在には成金趣味の俗物性を見てしまうのである。

ところでこうした奇矯な建造物に接すると、とある概念が頭をよぎる。それがキッチュなるものである。この言葉は時代時代によって意味するところが拡散するので、厳密に定義するのは容易ではないのだが、低俗さ、ケバケバしさ、贋物性といったところを大きく絡め取る言葉ではある。前提にそうした曖昧さが残ることを認めても、祇園閣にはその属性のかなりの部分がキッチュ論議のカバーするところに含まれているようだ。たとえば、大倉喜八郎が自らの人生のモニュメントとして最初に要求したデザインが、伊東忠太をも唖然とさせた逆番傘タワーだったことを思えば、建物のベースに俗物性があることは確認できる。また第二案となった現状のデザインについてもしかり。祇園祭に繰り出す山鉾を模すことがすでにキッチュなのである。山鉾は町衆がひたすらに豪華さを競い合った末に生まれたものである以上、幾分かはキッチュ的なところがあるが、その見てくれを借りてくるという発想はキッチュを地で行くものといっていい。もちろん、伊東忠太の設計というフィルターをくぐることで、発想に含まれるキッチュ性は軽減されてはいる。楼閣建築の設計で山鉾の姿をそのままに巨大化させただけであれば弁護のしようもないが、山鉾風にという施主のリクエストを踏まえながらモニュメント建築たるぎりぎりのところに妥協点を求めているあたりは設計家の仕事である。もっとも伊東忠太が昭和の初期に盛んに手がけていた帝冠様式と呼ばれる和風テイストのデザインは、それ自体が大衆迎合的なキッチュであるとの評価もあるわけだが、それは山鉾を模するところのキッチュ性とはニュアンスが異なる話である。

さて祇園閣とキッチュの話をしていると、京都にはもっとキッチュらしさを振りまいているアイテムがあることにも気づかされる。京都タワーなどその一つだろう。京都タワーを取り上げて、デザイン的なところで苦言を呈するとすれば、異様な白さとケバいまでの橙がやり玉に挙げられる。しかし当方が京都タワーにキッチュ性を感じるのは、あの建築が昭和30年代になされているという事実に対してである。というのは高度経済成長のシンボルとも語られる東京タワーに刺激されるかのように、各地に高層展望台が出現したのが昭和30年台の後半から40年代にかけてのことだからである。デザインの上では、東京タワーを真似ているのではないのは明らかでも、存在に東京タワーに対する贋物性を感じてしまう。贋物性といっても、極度に高められたコピー精度だったり、洗練された臨模技術だったりによって、本物でないという前提の上で新たな価値を生み出すケースもあるが、生憎ながら京都タワーにはそうした斬新さは見られない。ゆるキャラブームに乗っておらが街にもといった感じで生まれてくる後発キャラのような、大衆迎合的な性格を感じてしまうのである。

あるいは時代祭の風俗行列にも、キッチュの大きな要素である贋物性を認めることができる。時代祭は京都を代表する観光物件なのだが、あの風俗行列が本物でないことは論を俟たない。その意味では出発点においてキッチュであると断じることができるのである。しかしながら、本物でない、偽物である、といったところを出発点にすれば、時代考証の正確さや装束の作り込みなど、風俗行列の成り切りぶりには見るべきところが多い。キッチュであると認めつつ、キッチュであることそのものが眼目になってしまうのが時代祭の風俗行列なのである。

思えば社会現象においてキッチュをめぐる議論がなされ始めた頃、すなわちC・グリーンバーグが「アヴァンギャルドとキッチュ」というエッセイを世に問うた頃であれば、キッチュであることはすなわち否定的価値だった。ところが大衆文化に対する分析が精細になってゆくにつれ、キッチュと呼ばれる属性は近代社会の必然であるように見なされるようになる。そうなってくると、キッチュなるものも否定一色で扱われてしかるべきものではなくなる。キッチュ論議のややこしさは、こうした分析する側の目線の多様さに依っているようだが、時代祭にせよ京都タワーにせよ祇園閣にせよ、それぞれにキッチュ性を指摘することはできる。だが、だからといって即座に切って捨てるには当たらない。もちろん、それぞれにおいて、否定と肯定を逆転させる基準は一様ではないのだが……。



【キッチュ愛】
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by office34 | 2014-01-04 03:43