Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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2014年 01月 20日
鏡ヶ原 ~山国隊(4)
はるか遠い昔、京都の難読地名ネタで「一口」だの「上終町」だのを取り上げた記憶があるのだが、いわゆる難読地名はその難読度が上がるとネタとしての面白さが高まり、その結果、いろいろな形で紹介されることになる。そうすると、実際は難読でありながら周知の地名となって、難読度が下がる。いわばジレンマみたいな状況に立ち至るのである。たとえば北海道の「長万部」。知らないと「おしゃまんべ」とは読めないが、おそらく知らない人の方が少ないので、誰でも普通に「おしゃまんべ」と読む。そういった類いのことなのだが、そもそもこんな話を持ち出したのは、有名だから大抵の人が読めるはずの難読地名「各務原」に関連してのことである。

各務原。読み方は当然、「かがみがはら(かがみはら)」である。読み方の由来は古代の鏡作部(かがみつくりべ)にあることや、「鏡が『かかみ・かかむ』から『各務』となった」との説が、wikipediaに紹介されているのだが(「各務原市」のページ,2014.1.20現在)、要するに「鏡が原」が地名「各務原」の根っこにはあるようだ。と、こういった書き方をすると、周知のことをもったいぶって書いているようだが、予備知識をもたずに「鏡が原」という字面に出くわすと、聞いたこともないどこかのマイナー地名であるかのように思ってしまう。このところ、こだわっている山国隊関連の資料を読んでいた際、その「鏡が原」が出てきていたのだが、現実的な地理空間とは結びつかず、たらたらと読み流してしまったのである。そして、あとから「鏡が原」なる地名は謂われの一つ二つを持っていそうな気配だけどどうなんだろうという方向で調べ始めて、ようやく岐阜県の各務原と結びついたのである。
(慶応四年二月)廿二日。晴。六ツ刻発陣。河渡川大激流。洪水ニテ舟流レ、渡シニテ一隊々々ヲ渡ス。両岸ノ群人立錐ノ地ナシ。加納宿兵粮。新加納宿小休。此辺ハ安藤対馬守領地処、被召上尾州侯御預領地ト成ル也。此ノ間ニ鏡ヶ原ト言広野アリ。東西二里許、南北三里ト。中央ニテ野立陣休憩。近江不取敢、○赤心(マスラオ)の心を尚も磨き立鏡ヶ原にうつ里行人ト。鵜沼駅浅野彦右衛門本局泊。
『征東日誌』(仲村研氏・宇佐美英機氏編、S55年・国書刊行会)
山国隊のリーダー、藤野斎の日記『征東日誌』である。仲村研氏『山国隊』が紹介している隊の足跡は、基本的にはこの日記に準じている。二月二十二日に該当する箇所では「二十二日、晴、早朝出発。夜来の大雨で増水している河渡川の激流を渡り、加納駅で中食し、鏡ヶ原を通って鵜沼駅に宿陣した」とある。実は、仲村氏の文章を読んだ段階では「鏡ヶ原」にはまったく注意が向かなかった。それでも、この直後に出てくる装束についての記述が気になっていたので、原文との対照を試みたのである。

するとどうだろう、直後の装束関連もさることながら、鏡ヶ原に触れる箇所が何となく面白げである。一番、気になったのは、このくだりで送り仮名がひらがなになっている点。『征東日誌』の文体は訓読調の仮名交じり文で、送り仮名はカタカナなのだが、このあたりではひらがなが用いられている。深く考えずに読み流していて、なんだろう?と不思議に思ってしまったわけだが、改めてゆっくり読み直すと「そこで一首」といった感じのようだ。要するに藤野が和歌を詠んでいるのであり、和歌の言葉を地の文と区別するために送り仮名でひらがなを使っているのである。
赤心(マスラオ)の 心をなほも 磨き立て
鏡ヶ原に うつりゆく人
移動する意味の「移る」に「映る」を掛けて、さらに「磨く」「映る」「鏡」を縁語仕立てにするなど、修辞も利かせている。内容的には、後の時代の壮士調というか、いきり立っている感じに満ちあふれているが、官軍の名の下に出征していることに気持ちも高ぶっているのだろう。

ほかにも、この加納宿から新加納宿のあたりでは、この地域がかつては安藤氏の所領だったのに尾州侯の預かりとなっている云々など、山国隊の行動とは直接的に関わらないエピソードにも触れられている。そうしたところにアンテナが反応して、そもそも「鏡ヶ原」とは?という形で調べてみたところ、「各務原」と出くわしてしまった次第。

と、余談が少々長くなった。本題はこのくだりに続く、同日(二月二十二日)条の装束に関する記述である。前もって本文を挙げておく。
同夜自京師、胴腹三才羽織等到着ス。一隊へ分付ス。シヤモノ仕立方甚粗、且不恰好也。一同大不満心ナルモ、不能止シテ着服ス。

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by office34 | 2014-01-20 23:17 | 京都本・京都ガイド