Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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カテゴリ:気になるお店( 26 )


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2012年 08月 10日
弁慶という名前のうどん屋
「弁慶」というお店の話。業種でいえば、割烹、料亭、日本料理、うどん、定食屋……と、要するに飲食店には違いないが当方は把握していない。とりあえず、そういう名前のお店が気になった。

iタウンページで調べてみると、飲食店の他、ひっこし業者や釣り堀も引っ掛かってくるわけだが、とりあえずうどん屋、少し広めに考えて飲食店というラインで絞る必要がありそうだ。そうなると候補に残るのは、ガイドブック等でもよくお目に掛かる五条大橋東詰のうどん屋「辨慶」か、嵐山は渡月橋畔にある料亭「嵐山辨慶」だろう。とはいえ、業種カテゴリーでうどん屋となっているところが他にも数軒あるし、食堂、お好み焼き屋となっているものも視野に入れておかねばならない。さらにそれ以上のネックは、当方の探している「弁慶」なるうどん屋が、現存している保証はない点である。

少し話を整理しておこう。まず捜し物を始めたきっかけは次の文章である。
その家は今、弁慶というおうどんやはん、ソレ志賀廼家淡海一座の人気者やった、弁慶はんどす、この人がおうどんやはんをやっていやはるのどすえ
祇園で小耳にはさんだこととの建前になっている文章であり、ここに登場する「弁慶」が問題のお店なのである。この「弁慶」は、今も存在しているのだろうか?、現存するとすれば、どこにあるのだろう?、すぐに思いつくところの五条大橋東のうどん屋「辨慶」と関係があるのだろうか?等々の問題である。

この文章から導かれるのは「弁慶」という屋号だけではない。オーナーが弁慶なる役者だったこと、その弁慶なる役者は志賀廼家淡海一座の座員であったことである。役者については志賀廼家弁慶という名前で映画に活躍を場を移したのだろうか、「志賀廼家弁慶」でネット検索をかければ、映画関係のページを中心に確認がとれる。なんでも森繁久弥の「夫婦善哉」にも出ていたとのこと。また志賀廼家淡海の方から攻めてみると、もう少しはっきりしてくる。志賀廼家淡海は大正~昭和にかけて活躍した喜劇役者ということで、出身地ゆかりである大津歴史博物館のページは人物の輪郭を知るうえで参考になる。そして、そこから枝葉を広げていくと、志賀廼家淡海の弟子筋にあたるのだろう、博多淡海という喜劇役者の名前も引っ掛かってくるし、その三代目を継いだのが木村進であるとなってくると、当方もリアルタイムで知る話とリンクしてくる。

ともあれ、喜劇役者弁慶の店であるうどん屋「弁慶」がどうなっているのだろう、というのがテーマである。五条大橋のうどん屋「辨慶」は、かなり昔のガイドブックによれば、祇園界隈で働く人たちの行き付けみたいな書き方もされていたから、案外、探している店と直接的なつながりがあるのかも知れない。一~二度くらいなら覗いたこともあるのだが、それほど強い印象は残っていないのが実際のところである。それでも今回のような流れがあった以上は、少しは見直す必要があるだろう。

なお、ことの発端となった文章の詳細は、また改めて……というか、結論からいえば、五条大橋の「辨慶」はじめ、現存する「弁慶」はまったく関係ありませんとなるのが望ましい類のものである。
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by office34 | 2012-08-10 12:10 | 気になるお店
2011年 07月 13日
茶道具菊光堂
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堀川北大路の北西角に菊光堂という茶道具店がある。茶道方面への嗜みもないので、まったく縁のない店なのだが、通りすがりにふと看板に目が留まった。「菊光堂」とある店名の後ろに書かれている雅号が「尊攘堂主人●●●」とあるように読めたのである。当方がそう読んだというだけの話だから、精度はかなり低い思うが、何となく面白そうな看板である。雅号の前に記されている年記は「明治卅八年●●」だろうか。●の部分は何だろう……わからん。

そもそも「尊攘堂」が正しいのかどうかも怪しいが、仮に「尊攘堂主人」だとすれば、そんな雅号を使っていた人物は、……いる。品川弥二郎である「物故書画家人名辞典」参照。現在、京都大学の施設の一つとなっているのだが、かつて尊攘堂と呼ばれた建物があった。幕末の志士を顕彰するためのもので、それを建てたのが品川弥二郎であるウィキペディア「尊攘堂」参照)。ちなみに、品川弥二郎に関するもので、このブログに関わるところでは、かつてとりあげた前田正名との接点が挙げられる参考までに。前田がまだ野に下る前、つまり官僚だった時代、その上司だったのが品川だった……はず。記憶違いがなければの話だが、たぶんそうだったと思う。

さて、そんな品川なのだが、生没年を見ると天保十四年~明治三十三年となっている。はて?看板にある「明治卅八年」なら鬼籍に入っていることになる。もしかすると、当方の解読がずさんすぎるだけの話で、「卅八年」と見たところは「廿八年」なのだろうか、あるいは「尊攘堂主人」という解読が違っているのか、はたまた品川没後に「尊攘堂」の雅号を継いだ人物がいるのか、……これも、わからん。

ともあれ、何がなんやらよくわからん有様である。ちなみに、菊光堂は通販サイトも開いている(こちら)。そこに何らかの手がかりがあるかもと期待してつらつら読んでみたが、明治三年創業云々の来歴は触れられていても、看板については……やっぱり、わからん。

結局、これも今後の課題といったところか。
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by office34 | 2011-07-13 20:42 | 気になるお店
2011年 04月 05日
八ッ橋ふたたび
誓願寺北側にある八ッ橋屋だが、正式の屋号は「株式会社本家八ッ橋」らしい。その新京極店となるわけだが、店舗が掲げている看板は、先日触れたように「本家」と書かれたものと鉄斎外史の銘が認められる「八ッ橋」の木製看板、それと「総本家八ッ橋屋」と書かれたアクリル?製の看板である。西尾(本家八ッ橋西尾株式会社)と聖護院(株式会社聖護院八ツ橋総本店)を八ッ橋屋のビッグ2と見ているわけだが、その分け方に当てはめるのなら第三勢力である。ただし商品といっしょに封入されているしおり「本家八ッ橋の由来」には、元禄二年発祥や内国勧業博(明治二十八年,1985)での受賞の話なども触れられている。元禄二年云々は西尾も聖護院もともに主張している話(三河の国の八ッ橋縁起にからめるのは西尾の方)であり、勧業博の方は西尾の歴史で紹介される話である。

この「本家八ッ橋」は、「西尾為治相伝」や鉄斎(風?)の看板を掲げているので、西尾や聖護院とまったくの無関係ではなさそうなのだが、法人としては別の存在だろう。ただ、第三勢力の中では勢いがありそうな井筒やおたべほどは遠くないということだろうか。ちなみに上記のしおりには、嵐山店、金閣寺前店、銀閣寺店ほか十三店舗と工場一軒が紹介されているが、その中には(あたりまえだが)西尾や聖護院の本店・支店は入っていない。

そもそものところ、「八ッ橋」という名前は固有名詞のようにも思われているが、限りなく普通名詞に近い。大福餅とか三笠饅頭とかのようなものだろう。実際に商標がどういう扱いになっているのかは知らないが、「八ッ橋」というだけであれば、どこかが独占できないようになっているに違いない。そうした意味では、別の法人であっても「由来」と銘打って、西尾や聖護院の言っている内容を記すこと自体は、あってもおかしくはない話である。ただ法人としての存在を厳密にするのなら、暖簾分けとか分家とかの事情(仮にそうであるならだが)にも触れてほしいところである。

京都では、これと似たような事情をもつところを探すと、河道屋がある。蕎麦ほうる(菓子)の老舗だが、蕎麦を出す「河道屋晦庵」も営んでいる。この総本家については、そういう老舗というだけなのだが、「河道屋」の看板を掲げるそば屋は、けっこう多い。思いつく範囲で並べると、河道屋銀華、河道屋養老、河道屋倖松庵(閉店?)などだ。これらは、総本家の支店ではないのは確かなので、たぶん暖簾分けか、その類だろう。

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「株式会社本家八ッ橋」の商品に封入されているしおり

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by office34 | 2011-04-05 22:39 | 気になるお店
2011年 04月 03日
京銘菓「八ッ橋」
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八ッ橋の看板を取りあげた流れから、八ッ橋の紹介でも書いてみよう。修学旅行のお土産、その定番とされるお菓子だが、真っ正面から紹介するとなると結構難しい。まず商品としての実体がかなり曖昧である。というのも、「八ッ橋」の名前を冠して有名になったお菓子と、土産物屋に並んでいるお菓子は必ずしも一致しないからである。これは、現在の八ッ橋の最大の特徴であり、かつ最大の汚点ともいえる、多彩なバリエーションによって本来の姿が見えなくなったことによっている。

本来の姿は、太鼓橋のような形をした堅焼きのお菓子なのだが、ここから亜流の生八ツ橋や餡を包んで三角に折ったものが生まれて人気を博し、どれが本来だったのか分からなくなった。そこへ来てバリエーションとして抹茶味だのイチゴ味だのバナナ味だのなんたらかんたらが加わって収拾がつかなくなり……というのが現状だろう。ともあれ、土産物コーナーをのぞくと、いろいろな「八ツ橋」があるわけだが、原点は食べると歯が欠けてしまいそうな、あの固い焼き菓子である。

八ッ橋が分からなさは、その実体だけには留まらない。販売元も複雑を極めている。よく紹介されるのは「本家西尾八ッ橋(本家八ッ橋西尾株式会社)」と「聖護院八ッ橋総本店(株式会社聖護院八ツ橋総本店)」だろう。この二つは、発祥の地争いを展開していることもあって注目度は高い。「八ッ橋」という名前の由来も主張するところが異なっていて、それぞれのWEBサイトを読みくらべると、それなりに楽しめる。これらの2店と比べると「井筒八ッ橋本舗」などは後発組だが、ウィキペディアを見れば、後発組としては井筒の他に5店ほどが紹介されている。これに加えて、発祥の2店の支店なのか特約店なのか、今風にいうところのフランチャイズ店なのかがわからない店が時々混じっていることで、話はいっそうややこしくなる。先日とりあげた新京極の店(誓願寺のすぐ北側)なども、鉄斎筆の看板を掲げているので「聖護院八ッ橋総本店」の系統だろうと思っていたが、西尾の方っぽい。それでも支店ではなく、「聖護院西尾為治相伝」となっているので、改めてチェックしてみる必要もある。

このケースのように、話がややこしくなるのは、八ッ橋のビッグ2というべき「西尾」系と「聖護院」系の二つにきれいに分かれるわけではないからなのだが、さらに話をこんがらがらせるのは、八ッ橋の知名度を高めたイメージ戦略が、発祥の2店とは関わりない、後発組によってなされたということだろう。八ッ橋人形として知られているのは、おそらく「夕子」か「おたべちゃん」かのどちらかだと思うが、前者は「井筒八ッ橋本舗」のもので、後者は「おたべ」のものである。猫も杓子もゆるキャラがなんたらかんたらとやっているが昨今の風潮だが、夕子人形にしてもおたべ人形にしても、商品イメージをビジュアルに訴求するという大役を担わされて、半世紀も前に創出され、それなりに成果を挙げている。

ちなみに、西尾と聖護院の本店は、それぞれの位置関係がややこしいので整理しておく。東山丸太町の交差点から一筋北側に上がった路地(春日上通)を東へ、すなわち黒谷の方面へ入ったところに両店がある。黒谷方面に向かって左手つまり北側の店が西尾で、右手つまり南側が聖護院である。さらに、東山丸太町の交差点にも、この二店の支店があるのだが、交差点の北西角が西尾で、北東角が聖護院である。

「八ッ橋」という名前がついていればなんでもいいと、豪快に割り切ってしまうのも一つのスタンスではあるが、西尾系と聖護院系、そしてその他系という三つの分け方ぐらいは知っておいてもバチは当たらないと思う。
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by office34 | 2011-04-03 23:56 | 気になるお店
2011年 03月 26日
つだちく
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 京都には老舗と呼ばれる店がたくさんある。雑誌などその類のもので取りあげられるのは、一保堂や鳩居堂など、「ザ・老舗」とでも呼べる、いかにもなところである。それらは百年を単位に店の歴史を語るわけだから、紛うことない老舗である。そうした正真正銘の老舗と並べられた日には、弱輩どころかヨチヨチ歩き程度と言わざるを得ないのだが、物理的な年数だけなら実はウン十年という所もある。そうした方面に目を向けると、その数は、いわゆる老舗よりは、当たり前の事ながら、ずっと多くなる。中には五〇年を越え、百年に手が届くところもある。そうした数十年クラスは、他の地域なら老舗の暖簾を掲げることができるのに、京都の環境では、そういうことはできない。それゆえ、平時は注目度もさほど上がらない。

 去年の夏に撤退となった阪急百貨店の京都店(四条河原町阪急)は、開店が1976年ということだから、30年程度である。百年を基準の一つに据えると、若造もいいところなのだが、それでいて「長い歴史に幕」という雰囲気は漂っていた。報道のスタンスでそういう風合いを演出していたとしても、わずか30年程度に何やってんだかといったような違和感があったわけではない。比較をすれば、30年は短いのだが、それを長いと感じる捉え方自体は不思議ではないのだ。

 数年前に閉店した純喫茶のクンパルシータの場合は、いつのころからかは知らないが、京都の名物喫茶として名を轟かせていたこともあり、ひそかに営業をやめたときには、驚きとも感傷ともつかない声々が方々から上がっていた。物理的な年数でいえば、戦後ほどなくの開店だから、50年か60年を越えたあたりでの幕だったようだが、代替わりをせずに営むとすれば、おそらく、このあたりが限界だろう。

a0029238_21323526.jpg こうした話を始めたのは、昨日、河原町今出川の交差点付近で、おやと思う光景が目に入ったからである。交差点を少し南にくだったところにあるCDショップで工事が行われている。CDショップと表現すれば、歴史など無さげな響きだが、件の店は「つだちく」こと津田蓄音機店である。店の前には張り紙もあって「77年のご愛顧ありがとうございました」と書かれている。

 この店はかつては今出川通に面していたところにあって、いつの間にか移転していたのが気になっていたのだが(何年前の話?)、当方もかなり若造の頃に買い物をした記憶はある。当時はCDなどは普及しておらず、もっぱらLPの時代。加えて地方から出てきたばかりのガキであれば、レコードプレーヤーも持っていない、ということで音楽テープを買った記憶がある。買ったと言っても、本数にすれば、片手で数えられるくらいだから、その程度のお付き合い、端的に言ってしまえば、縁の無い店である。それでも印象の中ではかなりの存在感はある一軒で、「いつもそこにある店」程度の認識は持っている。

 今回、この「つだちく」が消えるらしいが、昭和9年創業ということは、京都的な基準での老舗には入らなくても、感覚的なところでは十分に老舗といえる存在感はある。ほとんど買い物をした記憶のない当方でさえ、無くなるのか、残念だと感傷的になってしまうあたりが、いわゆる感覚レベルでの老舗たる証と言っていいのではないか。
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by office34 | 2011-03-26 21:35 | 気になるお店
2008年 05月 30日
某定食屋にて(続)
前回のネタでは、修学旅行生(たぶん中学生)の昼食ということを取り上げたが、いわゆる自由行動の日に、どこで昼飯にするのかというのは、かなり普遍的な話題になっているようだ。教えて系の掲示板にも、そういう主旨での質問が多々でているし、それなりの回答も揃っている。多く目にとまるのは、質問側では「安くて」「京都らしい」といった点、回答側では「タクシーの運ちゃんにお任せ」「大学の学食」「ラーメン屋」といったあたりだろうか。

 こうして見回してみると、千成でも大力でも、どこでもいいのだが、××餅に入るというのは、案外ツボを抑えていることになるのかも知れない。丼ものやうどん類など、全国どこにでもあるメニューだから、京都らしいといえるのかとのツッコミに対しては「京都におけるきつねうどん、その具の様態」といった課題をでっち上げておけばいい。それに、きつねうどんでなくとも、うどん系であればダシの色がどうのこうのとご託を並べられるだろうし、トンカツ定食や白身フライ定食といった、標準的な定食メニューなら、こっそり豆腐をサイドメニューで追加するだけで京都らしさへのアプローチにはなると思う。普通の定食屋の場合、たいていは近くの豆腐屋から仕入れているはずだから、「豆富料理」と看板をあげた料亭でなくとも、京の豆腐を食することはできる仕掛けになっている。

 そもそも「京都らしい」という文言をどう解釈するかで行動も大きく変わってくるのだが、実際のところ、テレビ番組や雑誌での京都特集で紹介されることが多い店というラインで行けば、選択肢は限られてくる。それに対して、ファミレスやファストフードのような全国チェーンでない店と定義するなら、どんな場所でもなにがしかの形で京都らしさにこじつけることはできるはずである。そこで「京都を堪能した!」と満足できるかどうかは別問題になるにしても、なんらかの形で、京都の一面に接することができる。
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by office34 | 2008-05-30 18:03 | 気になるお店
2008年 05月 29日
某定食屋にて
京都には「千成餅」「相生餅」「大力餅」といった屋号の店がたくさんある。これらは餅屋ではない。定食屋である。丼ものをメインとしたラインナップで、いかにも定食屋という感じの店ばかりで、そういう意味ではザ・定食屋との称号も送りたいところなのだが、困ったことに千成餅にしても、相生餅にしても、それぞれ一軒ずつの店ではない。チェーン店でもないのに、同一名の店が市内各地に散在しており、それぞれ二桁ぐらいはあるようなので、定冠詞ザを使うことはできない。それに、一般的な定食屋と大きく違っている点もある。それは、うどんやそばなどを注文するのに併せて、稲荷やあんころといったサイドメニューをつけるという暗黙のマナーがあるのだ(ウソです・・・ま、そういう注文の仕方もできるというだけの話)。

 と、つまらん前振りはどうでもいいのだが、先日、興味深い光景に出会った。金閣寺の近くにある××餅に入ったのだが、入ってみて店内の客層に驚かされた。店によって傾向は違うにしても、よくあるパターンでいえば、店内の人口密度は低く、たまたま先客がいたとしても、いかにもご近所のおばさんという風情の方だったりする、そういうアットホームな雰囲気なのである。良く言えば、地域に密着している定食屋であり、悪くいえば、惰性でだらだらやってるだけの店ということなのだろう。××餅と名の付くところは、たいてい、そういう雰囲気になっていることが多い。ところが先日はいった店では、ほぼ全テーブルが埋まっており、しかも××餅でのお約束の客層ではなかった。ご近所さんどころか、修学旅行生の、複数のグループが、ここかしこで席を占めていたのである。

 しばらく観察をしていて、わかったのだが、どうもガイド兼引率のタクシー運転手が、三~四人からなるそれぞれのグループを連れてきているようなのである。××餅の各店がタクシー運転手の御用達になっていることは頷ける。値段も手頃だし、雰囲気も気さくだし、メニュー的に偏るわけでもないし、いわゆる運ちゃん行きつけの店としては、もってこいなのである。しかし、だからといって、修学旅行生を案内して連れてくるというのは、いかがなものか。

 連れてこられていたのは、中学生だと思うが、京都への修学旅行というからには、やはり、どこか京都っぽいところの方がいいのではないのだろうか。もちろん、狙って京都らしさを演出しているところで、いたずらにお高いだけというのであれば、かわいそうでもある。しかし、最初から××餅では、いきなりコアすぎると思う。京都にやってくる観光客の中には、繕った京都をウリにするスポットを嫌って、素顔の京都に興味を示す人たちもいる。そういう人たちの場合であれば、××餅のようなところは琴線に触れることだろう。しかし、修学旅行でやってきた中学生に対してなら、それはちょっと・・・。

 案内した運転手さんにしても、中学生たちを連れてきたことで、別の機会にターンバックがあるといったような、裏があるわけでもないだろう。自分たちが普段から使っている店であり、子供たちの財布にも負担にならないような場所だから、むしろ善意のほうなのかもしれない。ただ、お客さんにとっていい場所、ふさわしい場所を探すのではなく、安直に片づけると言う形で、どこか仕事の手抜きをしている気配も感じられてしまった。
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by office34 | 2008-05-29 01:01 | 気になるお店
2005年 09月 29日
オードリー消える!
一つ前の書き込みで取り上げたオードリーの絵がある甘栗屋さんだが、昨日、前を通りがかった時に覗いてみると、絵が片付けられていた。

見知らぬ人間から絵について尋ねられたものだから、何か警戒されたのだろうか?だとすれば、何か警戒されるような理由があったのだろうか。それとも買い物もせずに尋ねたことが気に障ったのか、そのあたりの事情はいっさいわからない。とにかく絵だけが消えていたのである。

さりげなく、オードリー似の絵がある栗屋さんとして遠くから眺めておいたほうがよかったのかも知れない。残念至極・・・・
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by office34 | 2005-09-29 02:22 | 気になるお店
2005年 09月 22日
絵のあるお店
前回の記事が8/30か・・・このままでは”改まざるブログ”の称号を得てしまいそうな雲行き。とはいえ、いろいろバタついていたこともあるし、これと言えるようなネタとも出会えないし、と思っていると、おや?というものに目が留まった。それがこれ(写真クリックで拡大)
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 河原町三条にある峰屋とかいう、うらぶれた甘栗屋の店頭にあった絵である。もしかしてオードリーかな?そんな雰囲気もあるけど、似ていそうで似ていなそうで?それになによりも、隣の映画館ならともかく、オードリーの似顔絵がここにある必然性はまったくないし・・・と気になって仕方ない。

 ちょっと買い物のついでに話を振ってみようと思ってみたけど、如何せん購買意欲を起こす商品はまったくおいていないから、仕方なく、絵の話だけで切り出してみた。すると、わからないのか!どうかしてるぞ!とでも言わんばかりの勢いで、「ペップバーンに決まってる」と叱られてしまった。

 とある芸大の学生が描いてくれたということらしいが、考えようによれば、こういうまったく関係のなさそうな店にも銀幕スタアの絵が飾られているというのも、京都が映画の都だった頃の名残と言えるのかも知れない。八千代館のカサブランカと並んで、時代の遺物として登録しておこう。
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by office34 | 2005-09-22 13:27 | 気になるお店
2005年 07月 21日
新京極・池田屋
a0029238_6263374.jpg お、「砂の器」じゃないか・・・って「亀嵩」とあるだけの話(写真クリックで拡大)。「砂の器」の中で効果的に使われていた地名なので、亀嵩=砂の器とパブ犬的反応をしてしまったが、そもそも「亀嵩算盤」とは算盤業界ではブランドらしい。その意味では、さほど珍しい看板ではない。それに看板の文字が旧字だからといって、ブツそのものが年季物とは限らないのだから、とやかく取りたてるに及ばないのかも知れない。

 しかし、この看板を見つけた場所が新京極であって周囲から思いっきり浮いていたということ、看板を出している池田屋さんは文具店といいつつも、プラモデル+フィギュアのお店になっていること、などなどの理由から、あえてピックアップ。

 ちなみに池田屋さんは、「きょうとwel.com」にも出店している。ただ「当店のおすすめ商品」のラインナップはプラモデルとフィギュアのはずなのに、その中に「算盤」が混じっていて、看板同様、異様に浮いている。代替わりでもして主力商品が転換されたのだろうが、先代から「算盤の取り扱いを止めることだけはまかりならん!」と厳命が下っていたのかも知れない・・・謎だ。

池田屋さんの通販サイト
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by office34 | 2005-07-21 06:29 | 気になるお店