Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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2013年 11月 18日
天龍寺の達磨様
天龍寺のグッズコーナーで買ってみた。

a0029238_2065281.jpg


天龍寺の拝観コース、その第一歩のところで出迎えてくれる達磨様の図柄である。非常にインパクトがあって天龍寺のシンボル的なイメージにもなるわけだが、いかんせん、写真で撮ることは難しい。撮影禁止とかの事情があるのではなく、ガラス張りの展示となっているため、ベストアングルである真っ正面に立とうものなら撮影者の姿がみごとに映り込んでしまうのである。一眼で偏光フィルターを使うなどすれば対処可能なのかもしれないが(*)、コンデジ族にしてみれば、自らの姿が入らないアングルを選ぶしかない。そうなると必然的に斜め横からの撮影しかできないという仕儀。
(*)ガラス面に正対した結果、映り込んだ撮影者の姿を消すのは偏光フィルターでもできないらしい。(参考)

それならいっそのこと買っちゃえということでこのミニクリアファイルを購入、そしてそれをスキャンしたのが上の画像である。

ちなみに原画がアートであり「真正の文化(genuine culture)」だとすれば、その見てくれを写し取っただけのクリアファイルはキッチュということになる。
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by office34 | 2013-11-18 20:07 | 変なモン
2013年 09月 30日
祇園閣碑
「豊烈曜後之碑」は後回しにしておいて、「祇園閣碑」の方から。これは漢文ではないので、文意で悩むことはないが、字体にわかりづらい部分がいくつか残っている。

-碑文-
祇園閣碑
東山の麓祇園乃隈真葛ヶ原在り先考鶴彦翁此に別墅を
営み其の域内に高閣を建て名けて祇園閣と曰ふ始め翁
齢九旬にして気益壮なり茲に記念建築を造営して永く
国運の隆昌と旧都の繁栄とを祝福せんこと我企図し工
学博士伊東忠太先生に嘱して案を作らしめ大倉土木株
式会社をして其の施工に当らしめ終世自ら之を□督す
閣三層方三十五尺高さ地を■くこと一百二十尺鉄条を
骨とし■土を筋とし石材を以て之を装ふ磴階盤旋第二
層に至れば既に洛の中外を瞰下すべく第三層に至れば
遠く摂河の平野を望むべし屋上高〓天に冲し尖頂の金
鶴翼を張て九皐に鳴かんと欲す洵に西都第一の異彩な
り翁其の竣成を見るに及ばずして歿すと雖その志や酬
ひられたりと謂ふべし閣は大正十五年七月工を起し昭
和三年六月功なる★間祇園閣の題額は西園寺公望公の
署する処上層扁して万物生光輝と曰ふは鶴彦翁の自書
に係る
     昭和四年五月 聴松大倉喜七朗誌

□:クサカンムリに重 ■:判読不能文字  〓:キヘンに棠  ★:キヘンに眉



祇園閣という建造物をどう評価するかは、それぞれの判断に任せておくべきだが、当方の感想でいうとすれば……

俗臭

この一言に尽きる。

山鉾に似せてみたり、天井に鶴を飾ったり、京に金閣銀閣があるんだからこれぞ「銅閣寺」と言ってみたり。まさに「ワシには金があるんじゃい!」といった叫び声とともに、ペシペシ(←札束で人の顔を叩く音)」と聞こえてきそうで、たまらなく素晴らしい。「祇園閣碑」の碑文に対しても、そんな視点が先立ってしまうわけだが、ひたすら手前味噌を並べての自己顕示欲が炸裂といった感じなので、同じ系列といって間違ってはいないだろう。


a0029238_21385870.jpg
祇園閣碑、扁題は西園寺公望

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by office34 | 2013-09-30 23:19 | 変なモン
2013年 06月 18日
アンハッピーでないことを願うばかり
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ハッピーバス・・・ではないな。1違いでアンハッピー?ってオチは、まあ、ないと思うが。それにしても1違いというからには、ハッピーバスと同じ時期に導入された車体なんだろうが、もしかすると6667もあったりするのだろうか。


ちなみに、本物のハッピーバスは西賀茂車庫をベースにしているので、「9」「37」「1」などに投入されるらしい。数年前に一度だけ乗る機会があったが、それ以来はご無沙汰。活動範囲は当方と重なるので、走っているのを見かけることはたびたびなのだが、こちらが利用する必要があってバス停で待っているタイミングでは、問題の6666は来てくれないのである。かといって、路線で待ち伏せるほどの酔狂はする気はないから、まあ、どうでもいいかといったところ。
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by office34 | 2013-06-18 21:33 | 変なモン
2013年 04月 09日
天使突抜のイソジン碑
その名前だけで不思議なイメージが喚起される「天使突抜」だが、地名の由来と密接に関わる五条天神社もまた一癖も二癖もある場所である。先日、前を通る機会があって、特に構えることなく境内に入った結果、ちと驚かされた。
a0029238_2195082.jpg

なにやらゴチャゴチャと漢文で書かれている石碑である。この手の碑文は、その場で完璧に読解できることはほとんどないのだが、それでもアウトライン程度は理解できるものである。とはいえ、それも刻まれている文字が摩滅をまぬがれて十分に判読できる状態で残っている場合にかぎりといった条件がついてのことなのだが、五条天神社で見かけたこの石碑は文字の摩滅云々とは別の次元でぶっ飛んでいた。というのは、文字らしきものが読み取れるのだが、実に見たこともない形の文字が並んでいるのである。すべてが文様にしか見えないというわけではなく、だいたいは漢字であることがわかるし、いくつかは篆書の字体であることもわかる。しかし、中には「なんじゃコリャ?神代文字か?」と言ってしまいそうなものが混じっている。それが一字二字のレベルではなく、かなりの数に及んでいるわけだ。そうなると、アウトラインどころの話ではない。「医祖」とか「少彦(スクナヒコナだろう)」などの文字は分かるので、医術の起源に関する文言か何かだろうとの方向は想像できたが、具体的な内容はお手上げである。
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ただでさえ不思議空間の「天使突抜」なのに、そこで出会ったのが神代文字を想像してしまう碑文と来た日には、見なかったことに・・・・・・というのも癪に障るので、「医祖」や「五条天神」といったラインから調べてみると、意外なことに問題はあっさり解決してしまった。いしぶみデータベースの手がここにも及んでいたのである。

内容はスクナヒコナ賛であり、神代文字を想像させる文様は「再建の際に崩壊した原碑の文字をなぞったため」のものとのこと。ともすればいい加減な措置であるかのような印象も抱いてしまうのだが、そうとばかりは言えない。正確な読解ができないのであれば、やむを得ないことなのである。何かの碑文を読解する際、文字それ自体がよく分からず、形だけを書き取るということは、十分にあり得る。そうした措置によって得られるのは、文字としての意味をなさない文様なのだが、なにがしかの傍証となる資料が得られれば、形だけの文様も本来の文字に復元される。だが、状況はそのように恵まれた方向にばかり進むわけではなく、資料が得られないと文様のまま残さざるを得ない。そして、いつの日にか解決してくれる人が現れるに違いないと、後世へ期待を託すしかないのである。

現在、五条天神社で見ることのできるものは、明和六年(1769年)に建碑された石碑のレプリカである。オリジナルの石碑が崩壊する際、見た目でのなぞり書きで間に合わせたがために「奇怪な字体」を含む碑ができあがったということのようだ。レプリカ作成の年代に関する情報は示されていないが、この碑文を書き写したとされる同文の碑が大阪に存在していたことから、この医祖神碣の文面も解釈ができるようになったということなのだろう。

ところで「医祖神」なる言葉とイソジンの間には何もつながりはないのだろうか。
isotonic→アイソトニック=等浸透圧、体液に浸透する力。
iodine→ポビドンヨードの“ヨード”=沃素(ヨウ素)のこと。
これを合わせて「isodine」=イソジン!
との説明が広く受け入れられているようだが、殺菌・消毒・うがい薬と汎用性を標榜する家庭薬であるだけに、商標の命名に「医祖神」を潜ませていたとしてもおかしくはないと思うのだが・・・・・・どうだろう。
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by office34 | 2013-04-09 02:43 | 変なモン
2013年 03月 01日
駅ビルのひなまつり


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画質が悪けりゃ寸の大きな画像がアップロードできるってことかな。
この写真はスマホで撮ったヤツで、解像度が72dpi。1632×1224で504kb。修正なしでアップロードしたところ、プロパティはオリジナルのまま反映されている。
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by office34 | 2013-03-01 23:59 | 変なモン
2013年 02月 28日
加茂川マコト騒動
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写真をクリックしても拡大しません。ボードが気になる方はこちらをクリック

エキサイトブログは、運営側が例によってのシカトを決め込んでいる模様なので、ユーザー側の不満と苛立ちは解消されそうにない。そうやって自然鎮火を待つ作戦のようだが、けっして感心できるものではない。人と人が向き合えば、なにがしかの悶着が起きるのは世の常だとしても、もう少し賢い対応があってもよさそうだ。

たとえば、最近、小耳に挟んでいた一悶着としてあるのが、出町商店街のマスコットキャラクター「加茂川マコト」をめぐる騒動。企画会社との間で版権がらみの泥沼・・・・・・みたいな形で聞かされていたのだが、どうやら、きれいに円満離婚となった気配である。

そこで興味深く思ったのは、商店街サイドから出されたアナウンスに誠意が感じられる点である。商店街の公式サイトに掲載されている「出町商店街萌えキャラ事業について」の一文である。揉めてるらしいとの噂を耳にした最初の時点では、キャラクターを占有したい商店街と、マスコット以外の活用にも展開させたい企画会社の確執であるように聞いていた。伝聞の伝聞だったので、それが事実である保証はないが、彦根市とひこにゃんのデザイナーとの間で起きた一悶着を引き合いに出すまでもなく、あってしかるべき揉め事だなとは思っていた。

ところが、2月1日付で出されたアナウンスには、商店街としてキャラクター事業に取り組むことの負担が大きいことが契約終了の理由として挙げられている。「商店街内の連絡不行き届きにより、一部の方に多大なご心配をおかけいたしましたこと」とある箇所が、憶測半分ガセ半分で語られた様々な怪説を指しているようだが、商店街としての力不足を前面に出すことでまずは丸く収めようという意図が感じられる。「大人の話」でゴチャゴチャあったには違いないが、企画会社に対しても一応の仁義を切っているあたりは、誠意といっていいのではないだろうか。

実際のところ、この手のキャラクターを上手に転がすことは、企画会社の方がノウハウを持っているのは言うまでもない。そうした意味でいえば、収まるべきところに収まったにすぎないのだが、きれいに収めるかどうかが大きな問題である。商店街から出されたアナウンスに対しても、もちろん穿った見方はいくらでも可能なのだが、少なくとも形の上では穏便に、そしてきれいに収まっている。

それに比べてという言い方が妥当かどうかはわからないが、蜂の巣をつついたようなクレームの嵐に対してダンマリを決め込むというのは、どうなんだろう。「画像一覧」なる不可解な機能の一方的な導入、および全ユーザーへの強制は、エキサイト株式会社としてのメリットが大きいとの企業判断があってのことに違いない。それであれば、この際、そのメリットがなんなのかをはっきりとさせて、ユーザーにお願いする形にすれば、まだ落ち着くべきところに落ち着くのではないか。少なくとも不誠実さしか見えてこないダンマリ作戦よりはマシな気がする。
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by office34 | 2013-02-28 00:07 | 変なモン
2013年 01月 01日
ちょっと残念かも?
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珍しく初詣とかいう行動をとってみた。近場ということもあって、下鴨神社へ行ってみただけの話なのだが、そこでの出来事である。下鴨神社での参拝は、国宝の東西二つの本殿に向かって、拝殿越しに行う。その拝殿前のスペースが一般参拝者が入ることのできるエリアなのだが、そこへ入るためにもう一つ手前の中門をくぐることになる。

言葉だけの説明では分かりづらいので、公式サイトの境内図も参考にしてもらいたいのだが、要は、参拝する場所に到達するまでには、さほど広くない中門をくぐらねばならないということである。そうした状況下で起きていた現象である。どういうことかというと、長々とした順番待ちの行列が自然発生的に生まれていたのである。

観光写真等でよく紹介される朱塗りの楼門があるのは、中門前の広場で、そこの中央には舞殿、東端には橋殿などがあって、こちらはやや広い。そのやや広いスペースの中を、巳年というわけでもないが、蛇がその身体をくねらせるような具合での行列となっていた。ここまでの話であれば、さすが日本人!と賞賛されるべき話だろう。東日本大震災の被災地では極限状況であるにも関わらず秩序を失わなかった行動がおのずと取られていたという話はよく知られている。それは民族的な美徳として広く語られているところでもあるし、日本人は世界から尊敬されているんだからもっと自信を持とうじゃないかといった類の文脈で喧伝されたりもする。確かにそうなのである。天然の天邪鬼を自認する当方でさえ、その話については諸手をあげて賛同するところなのだ。下鴨神社で自然発生的な行列を見かけた時にも、まずそのことを思い出した。

ところがである。行列の末端を見つけて並ぶこと15分か20分ぐらいだろうか、はて?と思ってしまう現象に直面した。中門の手前のあたりで列が二股に分かれていたのである。最初、列を見つけて確認した時は、そんな状態にはなっていなかった。だからこそ、蛇がくねっているような行列が自然発生していることに感心したわけなのだが、いつの間にか、これまた自然発生的になんだろう、途中からの枝分かれが起きていたのである。

デパートのバーゲンのように、係員が出て「ここが最後尾でーす」と言いながら列を制御しているわけではないのだから、やむを得ないのかも知れない。列に並んでいる方も、4~5人で来ているようなグループなら各人が一列になったりしないから、何となくふくらんでいる箇所が出来てしまっていたのだろう。そうした場所を最後尾と誤認した人がくっついてしまうと、あとはさらに後ろへどんどん尻尾が伸びていき、最終的には双頭の龍ならに双尾の蛇が出来てしまう。さすが日本人!とその美徳に感心した直後だっただけに、ちょっと残念な出来事でもあった。みごとな筆遣いで「迎春」と書かれたポスターが、よく見ると、しんにょうの中が「卯」になっているくらいの残念さである。
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by office34 | 2013-01-01 21:20 | 変なモン
2012年 03月 27日
薬王坂弥陀二尊板碑(疑義)
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数年前、初めて見かけた時には、気に留めることはなかった。ところが、数ヶ月前にこの石仏の前を通った時、やおら気になってきた事柄がある。それは、この解説の内容は何をもって保証されているのだろう?ということである。

上の写真は、解説板も併せて撮っているので分かると思うが、通称「薬王坂弥陀みだ二尊板碑いたび」という。薬王坂というのは、鞍馬から比叡山方面へ向かう際に使われていたルートで、鞍馬-静原-大原-仰木峠-比叡山(横川)と続く中の、鞍馬-静原間にある峠である。鞍馬から薬王坂を越えてすぐのところにいわくありげなブツが置かれており、石仏らしき姿が刻まれている。それが上の写真である。確認のために傍らに設置されている解説板の文言も書き取っておこう。
  薬王坂弥陀二尊板碑
赤松の大木の根に巻かれて立つているのは花崗岩の板碑で正面の角形に彫り込んだ内に浮彫りにされている石仏は、蓮座に座る二体のあみだ如来です。その下に摩滅していますが次の通り三行の銘文が刻まれています。
  為弘阿弥聖霊
  願主 尼蓮性
  貞治三年八月三日
 在俗出家夫婦の妻蓮性が亡夫弘阿弥の菩提を弔い、後生安楽を祈つて立てたものかと思われます。貞治三年は一三六四年南北朝時代後期で、以来数百年の風雪に耐えた尊貴な石仏です
西京区一参拝人
有名な野仏であるらしく、写真とあわせてこの解説文を紹介しているサイトはかなりの数の昇る。当方も初めてこの石仏を見て、解説を読んだ時、スゴいのが残ってるんだ!といった具合で、感動に近いものを覚えたものである。

ところがである。数ヶ月前に薬王坂を通り、この石仏が目に留まった時、ふと気になって刻字の部分をふれて文字の確認を試みた。すると、ほとんど読めないのである。ほとんどどころか「まったく」といっていい。デジタル拓本処理にかけても、なんの手がかりも得られない。解説文にも「摩滅していますが」とあるから、まさにその通りなのだが、それでは、誰がここまで詳しい内容を読解したというか。そしてその内容で間違いないのか。

石仏の方は、様式というものがあるから、おおよその姿形だけから蓮座の上に座って印を結んでいるのだろうと想定することはOKだ。それが阿弥陀如来の定番のスタイルであれば、阿弥陀さまと断定されていても不思議ではない。しかし、文字の方はある程度の手がかりがないと、判読は不能となる。この解説板が設置された時代には、まだ文字がいくらか読めたと考えることは、もちろんできない。石碑の文字が摩滅するスパンはウン十年レベルではないからである。かりに解説板が昭和の40~50年ごろに設置されたものであるとしても、文字の摩滅具合は現状と大差はなかったに違いない。

そうなってくると、考えられるのは、この「一参拝者」なる方が、なにか別の資料を持っていてそれに刻字の詳細が記されていたということぐらいだろう。それが江戸時代あたりにかかれた案内書であるとすれば、辻褄が合わないこともない。つまり、数百年以前に解読されたデータがあって、それの確認をしようと試みた「一参拝者」殿だったが、完全に摩滅していることを知って愕然とする、そして刻字の内容を世人の忘却に委ねるよりはとの配慮から解説板を設置した……と考えてみたいのだが、はたしてどうだろうか。
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by office34 | 2012-03-27 23:28 | 変なモン
2011年 11月 07日
トリプルイレブン
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交通局が発行しているトラフィカカード(左)と一日乗車券(右)の画像を貼ってみる。交通局の営業マンになるつもりはないので、詳細は交通局のサイトに出ている通りと素っ気なく片づけるのだが、これらを持ちだしたのはちょっとした狙いがあっての話である。それは、間もなくやってくるトリプルイレブンに関連してのことである。

グーグルでも何でもいいのだが、「トリプルイレブン」もしくは「11年11月11日」で検索をかけるとたくさんの情報が出てくるように、今週の金曜日にやってくるはずのXデーのことである。たぶん全国共通にぞろ目×3になると思うのだが、1が6つも並んでキリがいいというのがもっぱらの評判である。しかし問題はそれとどう向き合うかだ。ネット検索でぽんぽん引っ掛かってくるように、そのXデーを商機にしようとするところもたくさんある。それらの安易な思惑に乗せられて浮き足立ってしまうのもアレだから、ここはひとつ、ちょっと厳しい目線でトリプルイレブンを評価してみようと思う。

なによりも日付の表記だけで記念日めいたものができるという事実は動かない。しかし近鉄のように、券売機の印字は和暦なのにXデー用に特別バージョンを別売にするというのはいただけない。普段から西暦の下2ケタ表記を使っていて、それが「たまたま」の形で同一数字6連荘になるケースが望ましいのである。

そうした時に引っ掛かってくるのが交通局の磁気カードである。普通の地下鉄乗車券の場合は発券日が月日のみの印字になるので用をなさないが、回数券機能のある磁気カードなら発券日が年から印字される。しかもそれが西暦下2ケタ表示となっているので、願ったり適ったりのパターンなのである。交通機関でいえば、当方の守備範囲に絡むところでは阪急、近鉄、京阪、叡電、嵐電、それとJRがあるが、嵐電とJRはどうだったか記憶がなく、他の4社は和暦仕様である。したがって近鉄のように特別バージョンを売り出すのでなければ、Xデーであっても意味をなさない。またこの手の数字の並びでよく話題になるのは郵便局の消印なのだが、あれも和暦だったはず。ということで、普段から西暦下2桁表記を使っているということを前提にするだけで、京都に限って言えば交通局の磁気カードに絞られてしまうのである。もちろん厳密には阪急や京阪等私鉄の、普通乗車券でない磁気カードの印字も気になるところである。しかし普通乗車券が和暦でカードが西暦という半端なことはしていないと思う。というわけで、主役は交通局の磁気カードというようにしておいて、肝心の印字面に登場してもらおう。


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これは見ての通り、より有意になるのは1日乗車券の方である。トラフィカカードも111111との並びが出現するはずだが(赤丸部分)、あいにく「よく見ると」という注意書きが必要となってくる気配である。それに対して1日乗車券の場合は運転手さんが一瞥するだけでも見間違わないようにとのことだろう、かなり大きな字で年月日が印字される。Xデーにはその部分に11.11.11と並ぶはずである。人為的にこしらえたあざとさがないぶん、けっこうな記念品になるに違いない。

もちろん、トラフィカカードの方も、印字が小さいという理由だけで捨てておくにはもったいない。「発行日」のところに小さな1が6つ並ぶのはあくまでも初期状態と割り切ってしまえば、あとは工夫次第である。「発行日」欄の1に加えて「使用月日」欄もすべて1にしてしまおうと思えば、できなくはない。買ったその日に市バス地下鉄の乗り降りを繰り返して、全部使い切ってしまえば、すべて1で埋めることができる。あるいは、5人で市バスを利用して全員の分を1枚のトラフィカカードで払ってしまうというやり方も方法の一つだろう。もっとも複数人数分をまとめて処理する場合は、普通は運転手さんの方でカードリーダーのボタンを何か操作しているようなので、実際にはどんな印字になるのかは知らないのだが……。
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by office34 | 2011-11-07 09:00 | 変なモン
2011年 08月 03日
江姫納豆???
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半月ほど前だったか、少し以前の話になるのだが、近所のスーパーでおや?と思う商品が目に留まった。いわく「江姫納豆」。これが出てくると、当然引きあいに出さねばならないのがコチラ。同じ「鶴の子納豆」とのラベルになっているので、中身は同じものと思われる。思うに、商品の中身は変えずにおいて、その年の大河に便乗したパッケージにしているのだろう。こういうやり方でセールスが伸びているのかどうかまでは知らないが、こういう商法が出てくるあたりは、大河の影響力は、まだまだ捨てたものではないといえそうだ。

さて竜馬納豆とやらを取りあげた際にも、それをマクラに大河談義をしてみたのだが、今回も大河の話をやってみる。といっても、現在放映中のアレは、あまり見ていないこともあるし、抱腹絶倒の爆笑珍妙大活劇と世間的評価もほぼ定まったようなので、あえて触れない。来年の「平清盛」については思うところも少ないので、これまたパスである。となると、かなりの先走りになるが、再来年の話、「八重の桜」である。

報道発表を聞いておったまげたというのは以前にも触れたが、それから時間が経つにつれて、どういう風に料理するのだろうという方向への興味も湧いてきた。公式サイトはまだ作成されていないが、NHKオンラインには特設ページがある。そして、そこには一応の概要も紹介されている。気に懸かっていたのは、視聴率の関係からか、ここ数年の傾向となっていた明治維新以降はパスという慣習をどうするかだった。その時代的な大枠に関しては、前掲ページでは「新島襄の妻」とはっきり書いているし(山本八重として描くのではないということ)、日清日露戦争にも触れているので、お茶を濁す程度にはならないものと期待できる。

大枠はそれで一安心なのだが、あとは登場人物のキャラクラー設定である。当方が興味を持っている第一はやはり山本覚馬である。それと、もう一人あげるとすれば、佐川官兵衛だろうか。新島襄も重要なのかも知れないが、実はあまり関心がない。むしろ、会津の人々をどう描くかに目が向くのである。

いわゆる「会津の怨念」なる問題である。国を滅ぼされ、辛酸をなめさせられたことで、会津の血に刻みつけられた、対中央・対薩長の憎悪なのだが、実際はどうだったのか、よく分からない。そんなのは司馬遼太郎あたりから喧伝され始めた現代の神話だとする見解もあれば、過剰な増幅があるのはともかくとして、それに近い情念が生まれる歴史的条件は揃っていたとみる立場もある。確かに、長州や薩摩と聞くだけで、会津の人々がみな、毛を逆立てて挑みかかるかのように言うのは誇張だろうが、素知らぬ顔で席を共にするのは難しい関係だったようにも思える。

そんな中でシンボリックな存在と思われるのが、山本覚馬と佐川官兵衛である。覚馬の場合は、舞台は京都に限定されるのだが、新政権に取り込まれ、京都政府の一翼を担うことになる。ドラマの中でそのキャラクターを描くにあたって、会津の血をどのくらい前面に出すかどうかという興味である。佐川官兵衛の場合は、仮に呼び出すとすれば、その問題がもっと顕著な形で現れざるを得ない。幕末の時期に和平を主張していた覚馬とは違って、終始、対薩長強硬派であり、鶴ヶ城落城の際には家老職に据えられていたのがこの人物である。そして明治になってからは警察に勤め、西南戦争の際には戦地に赴き、そこで命を落としている。

ちなみに、明治初期の警察機構は、正規軍を持たない新政府が治安維持のために整備を急いだ制度の一つなのだが、その人員として当てにされていたのは食いっぱぐれていた旗本や諸藩の下級武士たちだったとされる。いわば新体制のための用心棒集団であり、現代でいうところの警察組織とは毛色が違う。

さて、そんな佐川官兵衛なのだが、はたして登場人物として呼び出されるかどうかのレベルから興味津々である。鶴ヶ城落城は大きなトピックだから、まったくの無視とはならないと思うが、通行人程度の扱いで終わるか、それとも主役の山本八重となにがしかの接点を設けるのか、そしてその際に、官兵衛のキャラクターをどのように設定するのかなどなどである。

ま、どういう風になるにせよ、かなり先の話なのは間違いない。
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by office34 | 2011-08-03 05:33 | 変なモン