Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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2008年 07月 03日
高瀬舟について
 木屋町を取りあげたことのつながりから、今度は高瀬舟に触れてみる。高瀬舟というのは、高瀬川を行き来していた船底の浅い運搬船のこと。高瀬川が水路の機能を失った今日では、展示物として二条木屋町下ルの一之舟入に繋留されている一艘から、その姿を偲ぶことができる。森鴎外の小説のタイトルとしても使われていることは有名で、「高瀬舟」はイメージの上での京都と深く結びついている。

 「高瀬舟」について、通り一遍の紹介をするとすれば、おそらく上のような感じとなるに違いない。しかし、それでは物足りなすぎるというもの。そこで、いくつかの修正を含めつつ、少し掘りさげてみたい。まず、高瀬舟の定義でいえば、その形状の「船底の浅い」という点が第一に来る。『新撰京都名所図絵』(竹村俊則、昭和三十六年、白川書院)でも言及されているように、古くは高瀬川以外でも運行されており、「高瀬川という名前の水路で使われたから高瀬舟という」のではなく、「高瀬舟が使われた水路だから高瀬川という」のほうが正しい。高瀬川→高瀬舟という順序であるように思われているのは、おそらく森鴎外の「高瀬舟」の冒頭部分「高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である」、ここだけに説明を求めたことによる勘違いだと思われる。同じ鴎外の「高瀬舟縁起」には、高瀬舟についての解説も詳しく述べられてはいるのだが、労力はわずかであっても軽減することが望ましいと考える人類共通の習性によって、引用・孫引き・曾孫引きが重ねられた挙げ句、「高瀬舟は京都の高瀬川を~」の部分だけが一人歩きしてしまったのだろう。

参考:青空文庫
『高瀬舟』
『高瀬舟縁起』

 さて、この高瀬舟なのだが、現在では歴史を語る観光物件として展示されているのは、上で見た通り。高瀬川の畔に植えられている桜や柳との取り合わせもよく、春の撮影スポットとしてもよく知られている。この点については、なんら問題はないのだが、実は、個人的な関心事からいえば、麗しい風景の一齣としての高瀬舟よりは、ドロドロとした汗くさい高瀬舟のほうに興味がある。高瀬舟が現役を退いている以上、小ぎれいに飾られるのは当然なのだが、現役時代の高瀬舟は数人の船頭たちが綱をかけて岸から曳航する曳舟だった。その様相は、「襦袢に褌ひとつといったいで立ちで、一艘に五・六人が胸に綱をあて、『ホーイホーイ』と掛け声をつけたので、一般に『高瀬のホイホイ舟』ともよばれ、市民にながくしたしまれた」(新撰京都名所図絵)とされるところである。

 個人的に関心があるというのは、高瀬舟の、まさにその生きた姿である。タイムマシンでも発明しない限り、肉眼で見ることは望めないのだが、せめて写真ぐらいはどこかにないものかと探していたのである。高瀬舟の利用は、琵琶湖疏水と鉄道の登場によって減少の一途を辿ったので、写真があるとすれば明治時代のもの。その手の古い写真資料となると、それこそ緑紅叢書頼みになり、叢書の中にも「高瀬川」という表題になる二分冊があるので、それを当てにしていた。ところが、緑紅叢書の「高瀬川」を見るより先に、『京の町並み従小路 鴨川西部編』や『京都慕情』という写真集にもお目当ての写真があることがわかった。そして期待通り、時代の息づかいが感じられる生々しいものであった。中でも四条小橋付近で撮されたらしい一枚などは、明治時代の木屋町の町並みもよく記録されており、興味深い。

 ちなみに、これらの写真集は田中緑紅の子息である田中泰彦氏の編集によるものなので、緑紅叢書「高瀬川」に写真があったとしても、同じものになると思われる。なお写真自体をここに転載すると、単なる紹介に留まってしまうので、著作権に抵触することになるだろう。引用の範囲をどう定義するかについては、なんらかの文章を添えてならOKというゆるゆるの解釈をしてもらえるのなら助かるのだが、そうは問屋は卸してくれないだろう。ということで、とりあえずは出典のみを明記しておく。興味のある方は、府立総合資料館や府立図書館などで閲覧していただきたい。


『京都慕情』(田中泰彦 石川実 井上豊治/編集解説、京を語る会/発行、昭和四十九年)
・七条小橋今昔(41)
・高瀬川正面附近(42)

『京の町並み従小路 鴨川西部編』(田中泰彦/編集解説、京を語る会/発行、平成八年)
・高瀬川正面附近(148)
・明治の高瀬川(149)
・チンチン電車と高瀬川(150)

( )内の数字は、それぞれの本に掲載されている写真の番号

 
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by office34 | 2008-07-03 09:02 | 街角の風景