Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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2013年 09月 30日
祇園閣碑
「豊烈曜後之碑」は後回しにしておいて、「祇園閣碑」の方から。これは漢文ではないので、文意で悩むことはないが、字体にわかりづらい部分がいくつか残っている。

-碑文-
祇園閣碑
東山の麓祇園乃隈真葛ヶ原在り先考鶴彦翁此に別墅を
営み其の域内に高閣を建て名けて祇園閣と曰ふ始め翁
齢九旬にして気益壮なり茲に記念建築を造営して永く
国運の隆昌と旧都の繁栄とを祝福せんこと我企図し工
学博士伊東忠太先生に嘱して案を作らしめ大倉土木株
式会社をして其の施工に当らしめ終世自ら之を□督す
閣三層方三十五尺高さ地を■くこと一百二十尺鉄条を
骨とし■土を筋とし石材を以て之を装ふ磴階盤旋第二
層に至れば既に洛の中外を瞰下すべく第三層に至れば
遠く摂河の平野を望むべし屋上高〓天に冲し尖頂の金
鶴翼を張て九皐に鳴かんと欲す洵に西都第一の異彩な
り翁其の竣成を見るに及ばずして歿すと雖その志や酬
ひられたりと謂ふべし閣は大正十五年七月工を起し昭
和三年六月功なる★間祇園閣の題額は西園寺公望公の
署する処上層扁して万物生光輝と曰ふは鶴彦翁の自書
に係る
     昭和四年五月 聴松大倉喜七朗誌

□:クサカンムリに重 ■:判読不能文字  〓:キヘンに棠  ★:キヘンに眉



祇園閣という建造物をどう評価するかは、それぞれの判断に任せておくべきだが、当方の感想でいうとすれば……

俗臭

この一言に尽きる。

山鉾に似せてみたり、天井に鶴を飾ったり、京に金閣銀閣があるんだからこれぞ「銅閣寺」と言ってみたり。まさに「ワシには金があるんじゃい!」といった叫び声とともに、ペシペシ(←札束で人の顔を叩く音)」と聞こえてきそうで、たまらなく素晴らしい。「祇園閣碑」の碑文に対しても、そんな視点が先立ってしまうわけだが、ひたすら手前味噌を並べての自己顕示欲が炸裂といった感じなので、同じ系列といって間違ってはいないだろう。


a0029238_21385870.jpg
祇園閣碑、扁題は西園寺公望

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by office34 | 2013-09-30 23:19 | 変なモン
2013年 09月 29日
高誉上人顕彰碑
誰も顧みることのない石碑だが・・・・中身はかなり重い気がする。

-碑文-
連年凶荒諸民流離終至饑死者不可勝計我師高誉上人坐
不忍見之救済之意念頻発然一杯之水不能救一車薪之火
茲得十万信檀之助縁天和二年正月八日始開場於当寺凡
三十有九日之間方来之饑民不論男女老少月日毎一人与
孔方十二銭其数合二十六万六千二十九人也於是建一塔
婆為二世利益之供養欲使施者受者有縁無縁並已死未死
之輩共超困苦之海同到安養之界是老師之志願也
  天和二壬戌年 三月十五日 大雲院第九世光誉真龍建


-訓読-
連年、凶荒して諸民流離し、終に饑死する者、勝へて計るべからず。我が師、高誉上人、坐してこれを見るに忍びず、救済の意念、頻りに発る。されども一杯の水は一車薪の火を救ふに能はず。茲に十万信檀の助縁を得。天和二年正月八日、始めて当寺に開場し、凡そ三十有九日の間、方来の饑民、男女老少月日を論ぜず、一人ごとに孔方十二銭を与ふ。其の数、合はせて二十六万六千二十九人なり。ここに一塔婆を建て二世利益の供養と為し、施す者、受くる者、有縁無縁、並びに已死未死の輩をして共に困苦の海を超え、同じく安養の界に到らしむ。是れ老師の志願なり。

   天和二 壬戌年 三月十五日 大雲院第九世光誉真龍、建つ




布施の功徳を自己満足的に謳っているのではなく、「施す者、受くる者、有縁無縁、並びに已死未死の輩をして共に困苦の海を超え、同じく安養の界に到らしむ」の一節はキュンとくるかも。


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高誉上人顕彰碑

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by office34 | 2013-09-29 23:46 | 歌碑・文学碑など
2013年 09月 28日
大雲院の石碑群
このところ、いろいろあれこれがあって沈黙モードが続いていた。それはそれで仕方のないことでもあったが、今日、大雲院・祇園閣を訪れる機会があったので、少しだけ書いてみる。

といっても大雲院の来歴や祇園閣の紹介だったら、他でもたくさん出ているのでパスするつもりでいる。というのも、今回のお目当ては大雲院の敷地内にある石碑だったからである。前回に訪れた時にも目には入っていたが、詳しくチェックせずに放置しておいたものである。この大雲院、普段は非公開で特別公開の時にしか入れない。そんな場所にある石碑なのだから、せっかくの機会は大切にせねばならなかったはずである。ところが前回は「いしぶみデータベース」あたりを探せば出てくるだろうとタカを括って帰ってきてしまっていたのである。結果、なにかゴチャゴチャ書いた石碑があったなという感想だけが残ってしまっていた。

それが三年前だったか、四年前だったか、そのくらいの話である。そんな大雲院・祇園閣がこの夏の特別公開のラインナップに加わっていた。夏タームは七月から始まっていたが、例によってズボラをかましているうちに、九月末のタイムリミットが迫ってきていたものだから、このたび出向いてみたという次第である。

以上が前振りで、ここからが本題。

大雲院の敷地内にある石碑ということだが、目についていたのは三基である。拝観入口となっている南門から本堂前に向かう参道に一基(A)、本堂前に一基(B)、そして祇園閣の北側に一基(C)である。このうち、BとCには扁題がついているので、(B)「豊烈曜後之碑」、(C)「祇園閣碑」と呼んでいいはず。これらに対して(A)は時代が一回り古く、天和二年(1682年)建立の旨が記されている。内容をみたところ、大雲院の高誉上人が飢饉で苦しむ人々に救済を施した云々との内容のようなので、高誉上人顕彰碑と呼べばいいだろう。次回以降、これらの三基について碑文の確認しながら見ていくことにする。

あと、これらの石碑以外に、山口誓子句碑もあったことも言い添えておこう。


a0029238_2134060.jpg
高誉上人顕彰碑


a0029238_2138544.jpg
豊烈曜後之碑(右)、実はレプリカ


a0029238_21385870.jpg
祇園閣碑、扁題は西園寺公望


a0029238_2139593.jpg
洛中のいづこにゐても祇園囃子 誓子

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by office34 | 2013-09-28 21:42 | 歌碑・文学碑など
2013年 09月 19日
AFでお月様(2)
トイカメラ並との評価で落ち着いているオリンパスのVH-210だが、こういう月も撮ることができた。ポイントは露出時間。とにかくAFを騙して短くなるように工夫する必要があるわけだが、今回は天空向けて強制フラッシュを飛ばして1/100まで下げてみた。望むらくは1/400ぐらいだったが、それは失敗。それでも結果オーライでそれなりの成果だったようだ。

もう一つの問題は、うまく餅つき模様を捉えることができたとしても、非常に小さくなってしまうこと。工作写真に使う段階で拡大するにしても、オリジナルが小さすぎてはにっちもさっちもいかない。これは画像サイズの設定を最大にする以外には対処法はない。今回のものは4288×3216(px)の巨大画像から切り抜いたお月様である。

ともあれ、行き当たりばったり的なところも多いので、プロパティを併せて提示することで勘弁していただこう。

a0029238_2336720.jpg

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by office34 | 2013-09-19 23:38 | 街角の風景
2013年 09月 19日
AFでお月様
今日は十五夜とのよし。各地でなにがしかのイベントがある模様だが、当方としてはコンデジのAFでお月様を綺麗に撮れないものかと思案中。一応、言葉の定義をするなら「美しく」というのは、肉眼でみたものに遜色のない状態のことである。加えて、お月様らしく兎の餅つき模様が浮き出ているものが望ましい。ということで一枚。
a0029238_327037.jpg





事情通なら、こんなのあり得ないと断言するはず。京都タワーと月の明るさがあまりにも・・・・・・といったところである。確かにこれは工作写真である。京都タワーを撮ったものに月を追加したというシロモノ。ただし、京都タワーと月を合成したというだけではなく、月だけに絞ってもいくばくかの工作がなされている。白く輝く月と、餅つき模様が浮き出た暗めの月とを重ね合わせて、肉眼で見える色合いに近くなるよう細工しているわけである。コンデジのAFで月をやっつけようと思えば、どうしてもこういうやり方になってしまう。ちなみに素材を並べておけば、以下の3枚。


a0029238_393041.jpga0029238_395099.jpga0029238_394777.jpg





どうせ、工作写真だというなら、このくらいの方がいいかも。
a0029238_32885.jpg

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by office34 | 2013-09-19 03:18 | 街角の風景
2013年 09月 18日
嵐山!元気ですキャンペーン
この記事は貼っておく必要がありそうだ。
http://ameblo.jp/menya-ranmaru/entry-11615983609.html
主旨がわかるように、ポイントを引用すれば、
ピーカン超いい天気やのに
ヘルメットかぶって長靴履いて
深刻な顔してマイク向けて・・・

それって大変さをアピールする為の
演出やんヽ(`Д´)ノ

マジで!止めい!
ということ。



ちなみに、嵐山公園・中之島地区の飲食店や旅館、および大堰川に船着き場を設けている遊船会社の被害は大きなものとなっています。これは事実です。
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by office34 | 2013-09-18 01:58
2013年 09月 16日
見返りの桐
「見返りの桐」とは、上賀茂神社で行われる神事の一つ、「競べ馬」でいくつかの所作をなす目印とされるもので、ほかに「馬出しの桜」と「勝負の楓」がある。その「見返りの桐」だが、2009年の台風18号では上部の大枝が折れてしまった。当時は、上賀茂神社で巨木が折れる被害があった云々との形でニュースにもなったのだが、実際にみてみると、木が折れたのではなく、枝が落ちたに過ぎなかった。それでも、比較的、大きな枝だったので話題にもなったようである。

そこで今年2013年の台風18号である。桂川が氾濫して嵐山水没云々とのニュースが流れており、ツイッターなどでも増水した鴨川の様子などの報告が挙がっている。そうしたところからみると、雨被害が著しかったことになっているのだが、上賀茂界隈では風の影響の方が大きかった。それを端的に示すのが上賀茂神社の「見返りの桐」である。2009年の時と同じように上部の大枝が折れて落ちたようだ。

a0029238_22265283.jpg

遠目からでは分かりづらいが、写真をよく観察すると枝が折れて内側がむきだしになっている箇所もわかる。2009年の方がもっと太い枝のようなので、並べてみると、たいしたことではあるまいとの印象なのだが、上賀茂神社ではこんなことがありましたという報告程度にはなるだろう。

ちなみに、こちらは2009年の時のもの。
a0029238_22278100.jpg

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by office34 | 2013-09-16 22:30 | 街角の風景
2013年 09月 11日
以津真天の知名度
鵺との並びで以津真天が出ていたことから触れたのだが(前回記事)、勘違いがあったかも知れない。というのは、当方は以津真天をかなりマイナーな妖魔と理解していたのである。確かに比較の相手が鵺なら、鵺よりはマイナーだろう。しかし、大雑把にメジャーかマイナーかをわけるとすれば、う~ん、どっちだろ?と首をひねる程度の認知度はあるらしい。要するに、当方が勝手にマイナー視していたにすぎないのである。

そもそも、この手の連中をメジャーかマイナーかに振り分けるとすれば、どういう視点がいいものやら。わかりやすさからいえば、マンガその他に登場している点、すなわち、アレンジや再生産が活発に行われているかどうかといった点が挙げられる。当方が勝手にマイナーと見做していた以津真天は、この点においてメジャー確定となる。

一方、マンガ類への登場はいざ知らず、ハンパなアレンジのない、そのままの存在でありながら圧倒的な存在感があるとすれば、それはメジャー扱いするべきだろう。鵺などは、そうした意味で注目される。「源三位頼政の鵺退治」というエピソードしかないくせに、いろいろなところでそのエピソードが語られる。そうしたあり方が存在感といえるのではないだろうか。そんな視点からピックアップできるのは、鵺の他には、酒呑童子か玉藻前(=九尾の狐)ぐらいだろう。

ということで話を最初に戻しておこう。以津真天は、鵺・酒呑童子・九尾の狐といったレベルの、いわば真打ちクラスの存在感を持っているわけではないからマイナー視していたのは、やや勘違いだったという話である。少し調べてみると、ゲゲゲの鬼太郎はもちろん、いろいろなマンガに顔を出しているとのこと。そればかりか「広有射怪鳥事~Till When?」なるタイトルでゲームのBGMにもなっていたり、以津真天をネタにしたコントが作られていたりと、かなりの人気者であるらしい。鵺の横になんか面白そうなのがいるなぐらいの気持ちから取り上げた以津真天だったわけだが、仰々しい紹介などいらないくらいの妖魔だった。
<参考>以津真天が登場するマンガ等、関連する情報が詳しく紹介されているサイト
「犬研 犬夜叉の研究」の「03.10.鵺から雷獣への変化」


さて、以津真天をめぐってゴチャゴチャやってしまったが、これを機会に『太平記』巻12をきちんと紹介してみるのも面白いかもという気にもなってきた。「広有射怪鳥事」の段は以津真天ネタでよく紹介されているようだが、巻12には他にも興味深いネタが多そうなのである。たとえば天神縁起にかなりの分量を割いているのだが、よく知られている『北野天神縁起』とは微妙に違う内容も含まれている。また誰ソレ?的な扱いになりがちの千種忠顕も、そのキャラクラーがよくわかるエピソードを伴って登場している等々、けっこう膨らみそうな気配もしている。

a0029238_5412432.jpg
比叡山雲母坂の途中にある巨大な石碑「水飲み対陣跡」。コース上でもちょうどいい目安になるので、ハイキングガイドでも紹介されることが多い。だが「水飲対陣ってナニ?」「千種忠顕ってダレ?」といったことに切り込むガイドブックは少ない。

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by office34 | 2013-09-11 05:47 | 京都本・京都ガイド
2013年 09月 09日
鵺と以津真天
前回のヌエ雲に触発され、改めて鵺の話を読んでみた。都を騒がした怪獣「鵺」といえば「頭は猿、むくろは狸、尾は蛇、手足は虎の姿なり。鳴く声、鵺にぞ似たりける」(平家物語)と描かれる化け物だが、手許にビジュアルものがないかと探してみると、江戸時代の水木しげる、妖怪絵師・鳥山石燕の絵に出ていた。鵺池跡に置かれている説明板にも引かれているのと同じ図で、鵺の絵といえば定番中の定番らしい。

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『鳥山石燕・画図百鬼夜行全画集』(平成十七年,角川書店)より


上に二つの図を並べたのは引用元の「今昔画図続百鬼」で鵺の隣が、これまた鵺によく似た妖魔「以津真天いつまで」になっていたからである。原典がこの印刷本と同じ見開きで鵺と以津真天を並べていたのかどうかは分からないが、目次の順番では並んでいるし、実際に並べてみると関連性もあるような無いような。ともあれ、右側が鵺で、近衛帝の時代に出現した化け物。それに対して左側の以津真天は建武の頃に出現した化鳥で後醍醐帝を悩ませたとのこと。そして勇猛の武士に射落とされるという結末は、頼政が鵺を仕留めたのと同じ結末である。



(参考)鵺池跡の説明板
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by office34 | 2013-09-09 02:19
2013年 09月 05日
ヌエが隠れていそうな黒い雲
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夕刻、移動中のバスの中でガラス越しに撮った1枚。なんやら前方に穏やかならざる雲がモクモクと・・・・・・。場所は標識に写っているとおり、七条壬生川のあたり。西大路七条に所用があってのことで、日が暮れるころになっても雨は落ちてこなかったところをみると、市域の郊外を南北に横切っただけだったのだろうか。バスの中で眺めながら、けっこうビビっていたわけだが、あの雲はなんだったのだろう。ちなみに写真でみる限りでは、ガラスがなにかフィルターがわりになっているのか、見た目でビビらされたどす黒さがかなりトーンダウンしている模様。

おまけ(バスを降りてから撮った1枚)
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街で出会った「お空の変」(1)
街で出会った「お空の変」(2)
街で出会った「お空の変」(3)←これ今回

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by office34 | 2013-09-05 22:56 | 街角の風景