Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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本物でないということ ~キッ..
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2013年 12月 30日
時代祭、大いなる仮装行列 ~キッチュ愛(14)
厳密な定義ができないまま、話を続けている以上、精度は下がる。それでもキッチュ論議をするなら、どうしても時代祭の方へ引っ張っていきたくなる。まず贋物性に着目すると、時代祭が贋物性に貫かれていることは明らかだろう。時代祭の風俗列でシンボリックに語られる先頭の鼓笛隊、あるいは徳川上洛列にしても織田の武者行列にしても、どれ一つ本物でないのは言うに及ばない。そうしたところにツッコミを入れて、時代祭の風俗行列を「仮装行列」だの「コスプレ」だのと小バカにするのは、間違っているわけではない。

しかし本物でないのは当たり前だとするところからスタートすればどうだろう。厳密な考証を経てそれぞれ忠実に再現しているというし、装束や甲冑の一つひとつも念入りに誂えられているらしい。同じ仮装行列であっても、段ボールで作った被り物の仮装行列とはワケが違う。仮装行列すなわち偽物であることを認めたうえで、なおかつそのなりきり方が評価されるべきなのである。もちろん疑問を差し挟みたくなる部分がないわけではない。志士列などは必然性というか必要性のレベルで思いっきり首を傾げている。近衛忠熈らの衣冠束帯や七卿落ちの蓑笠姿はともかくとして、着流しの羽織袴があんなに何人も出てくる意味が分からない。装束の特殊性をいうのなら吉村寅太郎や真木和泉の甲冑姿が関の山であって、坂本や西郷は不要だろう。近年、室町時代が加わって、時代祭の風俗列が元来もっていた基本的な性格、つまり明治政府の価値観を是とするスタンスが曖昧になってきたが、本来の基準に照らしつつ同時に仮装行列的に見栄えのするところをいうのならどうだろう。羽織袴の着流しではなく、孝明天皇の八幡宮行幸供奉列か戊辰戦争での新政府軍(官軍)の西洋式軍服かと思うのだが、そのあたりはいろいろと大人の事情があるに違いない。

そんな志士列を除いておけば、時代祭の風俗行列は、先頭の維新鼓笛隊から最後の白川女献花列までよく出来た上質のキッチュといっていい。見る側にしても、単に平安時代の衣装だとか、鎌倉時代のなんちゃらだとかいうに具合の漠然とした理解に留まらず、何を模してどんなところに気を配っているのかといった事まで分かってくれば、時代祭見物もいっそう楽しめるはずである。



【キッチュ愛】
祇園閣とキッチュ / 俗悪・バッタもん・キッチュ / "AVANT-GARDE AND KITSCH"(1) / "AVANT-GARDE AND KITSCH"(2) / "AVANT-GARDE AND KITSCH"(3) / "AVANT-GARDE AND KITSCH"(4) / 建築様式とキッチュ / 京都の近代建築 / 古典・帝冠・キッチュ・モダニズム(1) / 古典・帝冠・キッチュ・モダニズム(2) / 古典・帝冠・キッチュ・モダニズム(3) / キッチュの大衆親和性 / 祇園閣のキッチュ性 / 祇園閣から京都タワーへ / 京都タワー擁護論 / 本物でないということ / 時代祭、大いなる仮装行列 / 祇園閣・京都タワー・時代祭

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by office34 | 2013-12-30 16:58
2013年 12月 28日
本物でないということ ~キッチュ愛(13)
ややもすれは否定的に言われがちなキッチュなるものだが、キッチュ的要素の中で比較的大きなウエートを占めると思われる「贋物性」にスポットを当ててみると、キッチュに惹かれる感情も少しは見えてくる。ミロのビーナスのミニチュアや達磨図のクリアファイルのような工業製品然としたものもたくさんある一方で、贋物である=キッチュであることを前提にしつつ精度を高めているものについては意義を認めるべきだろう。

たとえば、かなり極端な事例になるかも知れないが、国宝・北野天神絵巻(承久本)に対するその高精細複製本(平成記録本)などである。平成記録本は「高精細」を謳っているから、高山寺や建仁寺で常時展観されている鳥獣戯画図や風神雷神図屏風はその精度が下がるのだろうと思うが、それでも一般目線でいえば現物と紛うくらいの出来映えである。二条城の障壁画群もそうだ。こちらは、本物は通常は収蔵館で厳重に管理されていて、二の丸御殿の本来しつらえられていた場所には複製が置かれている。これら先端技術を駆使して作られた複製は、本物に対する関係でいえば、紛れもなく偽物である。しかし本物でないという点だけを取り上げて貶めることができないのは明らかである。

これらは最先端のデジタル技術をつかった複製であり、極度に精度が高められているがゆえに価値が保たれているのだろうか。もしそうだとすれば、手作業で写し取られ、現物と対照させると不一致がたくさん指摘できる場合は、価値が下がるのだろうか。そうした問いかけが出てくるとすれば、詩仙堂に掲げられている小早川秋声による詩仙図を挙げねばなるまい。狩野探幽筆による原版と並べて比較したことはないが、仮にそうした作業をするとすれば少なからずの不一致は出てくるに違いない。しかし、だからといって現在の詩仙図を偽物だといって否定することができるかといえば、そうはならない。狩野探幽筆の本物ではないという厳然たる事実を受け入れたうえで、なおかつ小早川秋声筆の詩仙図としての価値が指摘できるはずである。本物志向はもちろん、それはそれで意味のあることである。しかし、本物でないという事実が常に価値の低下を意味するわけではない。

こうやって見てくると、贋物性といってもその内側にはいくつかの極点があることが分かる。デジタル技術を駆使した高精度複製はその極の一つであり、洗練された技能による臨模もまた別の意味での極を構成する。そして、否定的な色合いが濃くなる極には、いわゆる「バッタもん」と称される量産可能な工業製品があるというわけである。世の中のいたるところで目に触れる、本物でないものに対しては「本物でない」という事実だけで否定するとすれば、そうした行為自体が浅薄極まりない。むしろ「本物でない」という事実を受け入れたうえで、目の前に置かれているものとどう向き合うか、つまりそれが贋物性の中のどの極に傾いているのかを判断する必要があるということなのだろう。

さて、以上のような話を踏まえたうえで、かねてより検討してみたかった話題へと進む。それがキッチュ界のビッグイベント「時代祭」についてである。京都タワーをキッチュと見なしつつ、それでもやはり京都タワーの魅力を言わねばならないのと同じように、京都の三大祭りにカウントされる時代祭についても、実はキッチュの文脈で検討すべきものと考えており、併せてそうした性格を認めつつも時代祭の意義も検討したいと思っていたのである。平べったくいえば、仮装行列とかコスプレとか言われながらもチープな小手先イベントには堕ちることのないその意義についてである。次回以降、その話を進めていく。



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量産可能なキッチュといえば、たとえば……
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あるいはコレとか……
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撮影を頑張ったところで被写体がアレでは……





【キッチュ愛】
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by office34 | 2013-12-28 15:48
2013年 12月 27日
京都タワー擁護論 ~キッチュ愛(12)
キッチュ論議の中で「贋物性」をいうにあたって、京都タワーを取り上げた。その中で、やや度が過ぎたというか、悪口を並べすぎたかも知れない。確かに、いくつかの事実を並べると、京都タワーに独創性のほとばしりを見いだすのは難しい。昭和30年代の後半から40年代の前半をみると、京都タワーをはじめ、各地に高層展望施設が建てられているわけだが、それらは昭和33年に竣工した東京タワーに刺激されたものと考えるのが普通だろう。だとすれば、二番煎じというか、柳の下になんとやらの世界である。しかも東京タワーを凌駕するような高さがあるわけでもないとなると、顰みに倣うの故事よろしく、猿まねをして顰蹙を買ったケースと見なされて致し方ない。しかし、そうした事実を並べるとともに、それでもやっぱり京都タワーは京都タワーであって、他に置き換えのできるモノではないという声にも頷かざるを得ない。

いくつかプラスの要素を数えてみようか。まず展望室に上がっての眺め。当方がいくらへそ曲がりの天邪鬼だとしても、これを褒めるのには、けっして吝かではない。とりわけ日没前後のタイミングを見計らって展望室に入ると想定以上に楽しい思いができる。また眺める対象としての京都タワーを論じるとすれば、夜景の一角に京都タワーを入れる風景は「京都らしさ」の一つになっているようにも思う。もちろん、これは竣工からすでに半世紀が過ぎているという年月のなせる業との見方もできるのだが、やみくもに悪くいうほどのものでもない。また思わぬ場所から京都タワーが眺められたりすると、珍しい発見でもしたかのような満足感も味わえたりする。

要するに、分析的に考えてのマイナス点はいくらでも出てくるのだが、それとは別に、好きか嫌いかというところを問われて「好き」と答えることがあっても、少しも可笑しくないということである。これをキッチュの問題にスライドさせるなら、用語の定義などキッチュなるものを分析的にいう時には、劣った芸術だの低俗だの下層民向けだの無教養者用だの、さまざまなマイナスを並べることができる一方で、好き嫌いの議論に持って行くと、いきなり支持者も増える、といったあたりのことと重なってくるのかも知れない。

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日没直後、街の明かりが灯り始めるタイミングは風景にも味わいが深い
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もう少し時間が経ち、完全に暮れきる直前も悪くない
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昼間に楽しむならコレ、展望台から真下が眺められるのがポイント。
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こういう舞妓人形をおいて京都らしさを主張するあざとさも京都タワーならでは。





【キッチュ愛】
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by office34 | 2013-12-27 05:28
2013年 12月 25日
祇園閣から京都タワーへ ~キッチュ愛(11)
キッチュ論議をする場合、贋物性なるものは大きな意味合いをもつ。"バッタもん度"といえばわかりやすいか、要するに手本となる「真正」があり、それを志向しているにも関わらず何かが足りない、足りなくて妙なものになっているetc……そういったシチュエーションである。C.グリーンバーグの"AVANT-GARDE AND KITSCH"でも問題にされていたことではあるが、大雑把にいえば、こんな具合か。キッチュの原義を問う時には真正なる芸術に手が届かないからバッタもん(simulacra)で間に合わせる、そうした要求に応えるのがキッチュである云々。これは極めて表層的な理解なのだが、少し掘り下げた言い回しも用意されている。すなわち、アヴァンギャルドは過程であり、キッチュは結果であるとする一節である。先人が残した真正の芸術を志向しつつ、その創造過程に意義を見いだす場合は、たとえ模倣行為であってもその内側には新たな独創性が芽生えていてアバンギャルドへと傾くのに対し、事物の外形のみを借りて製品を作る場合はキッチュであるというものである。マティ・カリネスクの文章にも、ミロのビーナスはさまざまなサイズのものが世界中に存在しているという内容のことが書かれているが、これは廉価なレプリカが大量生産されていることをいう文脈であり、キッチュの最たる事例として触れられている。このブログでも、天龍寺の達磨図を取り上げ、クリアファイルに印刷された達磨図はキッチュであると書いたが、それと同じ理屈である。

さてルーブル美術館に保管されているミロのビーナスと世界各地にあるさまざまなサイズの模造品、天龍寺庫裏入口に置かれている達磨図とクリアファイルに印刷されたデザイン、そういったシンプルな対比であれば、贋物性をキッチュの特徴として指摘するのは容易だろう。だが祇園祭に登場する長刀鉾と祇園閣といった対比になるとどうか。祇園閣が山鉾を模しているのは事実である。どこから見ても山鉾をイメージしているように見えるし、祇園閣碑や大倉喜八郎の伝記にもその旨ははっきりと記されている。だがこのケースは真正と偽物という対比ではない。伊東忠太が図面を引くにあたって、大倉のリクエストに従ったにせよ、山鉾を設計したわけではない。あくまでも楼閣を造っているのである。そういう意味ではバッタもん(simulacra)と断じることはできない。もちろんキッチュでなければアバンギャルドだとの二分法に依る必要もないので、祇園閣に芸術性を見いだすつもりはないのだが、贋物性という方向から祇園閣のキッチュ的な性質をいうことは難しい。むしろハチャメチャな大倉のリクエストに対して、一応は建築物として堪えうる範囲に収めた伊東の設計を評価するべきだろう。

ところで建築物に絞って話をするとすれば、レプリカはどの範囲までが許容されるのだろう。オリジナルの金閣寺に対して再建された金閣寺はレプリカではあっても贋物性が問われることはない。同様に、平安神宮の応天門や拝殿も王朝時代の内裏応天門と朝堂院を模しているとはいえ、否定的な意味での贋物性が云々されることはない。淡路島だったか、どこかのテーマパークにエッフェル塔や凱旋門が勢揃いしているところがあるとも聞くが、ああいうレプリカはキッチュであって、最初から芸術や歴史といった方面からの言及はなされない。そのぶんギャグの文脈で語られることになり、別な観点からの評価も生まれる。ここで問題にしたいのは、再建金閣寺タイプでもなければ、平安神宮応天門タイプでもない、またギャグでもない、致ってマジメに造られているのに、生憎なことに浅薄さが表出してしまっているケースである。そんな建築が京都にはないものかと見回してみると、思いつくのが京都タワーである。

京都タワーが建造された昭和三〇年代は高度成長期のただ中であり、東京タワーに刺激されたかのように、各地でタワーの建築が行われたようだ。もちろん電波塔の必要性という現実的な需要もあったろうが、近年のゆるキャラブームではないが、負けるな遅れるな的な発想で建てられたものもあったに違いない。そうした背景を思い描きつつ、京都タワーを眺めてみるとどうだろう。通天閣のような歴史性があるわけでもないし、高さも東京タワーの比ではない。それに電波塔としての役割を期待されたようでもなさそうだ。流行り物に乗っかるのなら、先行するものを圧倒するくらいの何かが必要なのに、単純に、京都にもランドマークになる高層展望台をといった感じで進められたプランであるように思えてしまう。もちろん時代と切り離して、独立した建築物として眺めるのであれば、下部のタワービルのデザインも含めて評価すべきポイントはたくさんある。何よりも展望室に登っての眺めは十分に楽しめる。しかしブームの中で登場した物件だからこそ、最初に貧弱さが目に付いてしまうのである。戦前からの歴史がある通天閣や高度成長期のシンボルのごとく語られる東京タワー、これらを傍らにおくと、京都タワーには、形態的に似ているというわけではない「贋物性」が見えてくるのである。


-追記-
文中にある「淡路島だったか、どこかのテーマパークに~」は、淡路ワールドパークonokoroという場所らしい。公式サイトによれば、園内の「ミニチュアワールド」には、ピサの斜塔やアクロポリス、コロッセオ、タジマハール宮等のミニチュアが造られているとか。なお凱旋門はあるが、エッフェル塔はない模様。






【キッチュ愛】
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by office34 | 2013-12-25 09:07 | 街角の風景
2013年 12月 23日
祇園閣のキッチュ性 ~キッチュ愛(10)
また間隔が長くなってしまったが、祇園閣の話を続ける。文化財指定も受けており、非公開文化財の特別公開で数年に一度、公開される時にはけっこうな人気スポットになる建物が「キッチュ」という概念で捉えられるのかどうかという話である。キッチュの定義をめぐって煮え切らない長談義を続けてきたが、オーソドックスな理解でいえばキッチュなるものは近代社会の産物であり、イタズラにケバケバしいものといったあたりで理解できる。その一方でキッチュのキッチュたる所以である「ケバケバしさ」こそが大衆社会を象徴する要素であり、現代文明それ自体であるといった理解もある。そうなってくると、頭ごなしの否定は難しくなり、それどころか、油断していると肯定と否定がすぐに逆転してしまうことにもなる。したがってキッチュなるものの定義といった難問はひとまず脇に除けておいて、祇園閣がキッチュにあたるのではないかと感じた最初のところへ戻ってみる。

まず祇園閣の姿は異様に目を引くデザインであることは疑いがない。しかし、その異様さはどこから来ているのだろうか。山鉾の形から来るものなのか、それとも固定された建造物が山鉾を模しているという事実からなのか。あるいは井上章一氏が帝冠様式をキッチュと断じた根拠であるところの、取って付けたような和風テイストから来るものなのか。確かに祇園祭は、京都のシンボル的なイベントであり、山鉾はその代名詞でもある。しかし、山鉾の存在自体が美しいかどうかと問われるとどうだろう。歴史的なところを振り返っても美的センスの追求云々といった次元ではなく、鉾町に暮らす町衆の意地や虚栄が懸想品の豪華さを生み出していったのは事実だろう。より目立つもの、より豪華なものが求められていたのであれば、その先に生み出されてくるものは紛れもないキッチュである。祇園祭それ自体にキッチュ性が見いだされるとすれば、その華やかさないし繰り出される山鉾の豪華さを建造物に再現しようとする発想は、紛れもなくキッチュ志向である。見る者を驚かせるというニュアンスでいえば、楳図かずおのまことちゃんハウスに通じるものがあるのかも知れない。

なお祇園閣のキッチュ性を問うのであれば、その誕生秘話は紹介するに値する。大雲院の所有となっている祇園閣は、もともとは大倉喜八郎が晩年に建造したものであるのは、多くのガイドブックが紹介するところである。大倉財閥の創始者であり、日本近代を代表する政商、大倉喜八郎である。そうした事実だけで成金臭をかぎつける向きもあるが、こと祇園閣一つを取り上げてみれば、実は絵に描いたような成金ぶりが発揮されている。『鯰 元祖"成り金"大倉喜八郎の混沌たる一生』という本がある。喜八郎の息子、大倉雄二氏の著作である。サブタイトルにも現れているように無条件な礼賛に満ちあふれた偉人伝ではない。また同時代のルポライターがスキャンダラスに描く筆致とも違い、微妙な風合いを醸す喜八郎伝となっている。その中に、晩年のエピソードで祇園閣の一件が紹介されているのだが、描く対象と筆者との間合いが感じられる一節でもあるので、長めに引用してみる。
 喜八郎はいつのころからか、京都東山区祇園の円山公園に隣接する一帯、約五千五百坪を所有していた。通称真葛ヶ原といい、京都全市を一望のもとに納める高台である。
 ここを手に入れたのは、伊藤博文公の記念に神戸市へ大倉山を寄付したあとに違いない。京都に別荘を持つことが明治期の富豪のステイタスシンボルであった。山県有朋はもちろん、多くの貴顕富豪がこの地に洒落た庵を結んだ。のちに彼は、そのうちの二千坪を宅地にする。苔寺を模して杉苔を敷き詰めた庭には振りのよい赤松が風に鳴り、風雅な建物の蔀戸越しに東山が見え、杉戸を開けば鞍馬石のつくぱいの陰に微かな流れの気配がする。春はウグイスが啼き秋は雁が渡る。
 万事、源氏物語絵巻風なのは夫人の好みである。八十歳代にこれを建てた喜八郎は、ここを将来の隠居所にするつもりでいた。
 設計したのは日本建築界の草分け、伊東忠太である。ある日、喜八郎は彼を自宅に呼んで、別荘の敷地の中にこういうのを建ててくれと言いだして伊東をびっくりさせる。
「わしは子供のとき、雨風の強い日に使いに出されて、土手を歩いていると傘がおちょこになった。あの形が、あなた、面白いと思いましてね」
「私もありますよ。ぼっという音と一緒に傘の柄に来る手応えがたまりませんでした。思い出しますなあ」
「そうですか、あなたもあれが面白いとお思いか。じゃったら、わしの望みを聞いてくださらんか」
 彼が伊東に頼んだのは、おちょこになった番傘を高い屋根に載せた塔であった。それをこの苔庭のある落ち着いた京風の屋敷内におっ建てて、「わしという男が生きていた印とわしの幼時の記念にしたいのじゃよ。どうですか伊東さん」、とにこにこ笑っている喜八郎の顔を見たとき、彼は開いた口が塞がらなかった。
 一度言いだしたらそれが絶対命令の彼をよく知っているから、珍妙な石膏模型を造って彼に見せた。たぶんできるだけ恰好の悪い、どうやらオブジェのような見ただけでおかしくなりそうなのを造って見せ、「これはいかん」と言わせてそのプランは中止になった。
 しかし、喜八郎がおとなしく引き下がるはずはない。きっとまたへんてこな注文を出してくるぞと言っているうちに、研究室にまた電話がかかってきた。
 今度は、祇園の山鉾をそのまま建築にして高い石積みの上に二層の展望台を造り、京都名物にしたいと意気込んでいる。これは伊東も、前のよりはましだと引き受けた。
『鯰』(大倉雄二氏,文藝春秋社,1990)
真葛ヶ原に別荘を営むのはさておき、その庭にトンデモ物件を置こうとする発想に対しては好意的な評価は難しい。大倉雄二氏の筆に描かれる伊東忠太の反応も「伊東をびっくりさせる」「~開いた口が塞がらなかった」「またへんてこな注文を出してくるぞと言っているうち~」等々、喜八郎の依頼がトンデモ物件であったことを伝えている。この顛末は、喜八郎の追悼文集『鶴翁余影』によせた伊東忠太の文章が下敷きになっているわけだが、祇園閣の発端となった逆番傘タワーの計画は、今風の言葉でいえば、まさに"想像の斜め上を行く"ものだったようだ。そしてその逆番傘タワーはお蔵入りとなったものの、その延長線上にあって、まだ現実味の感じられるものとして出てきたのが祇園閣プランであった。とすれば伊東の判断で「前のよりはましだ」となったものであるにせよ、祇園閣も金持ちの道楽というか、成金趣味が炸裂するものであったことは想像に難くない。

ところで、喜八郎が第二案で出してきた山鉾風の楼閣に対して伊東が「前のよりはましだ」と判断したのは、帝冠様式が念頭にあったように思われる。井上章一氏に掛かれば、様式それ自体がキッチュとのレッテルを貼られるのだが、和風を前面に主張する近代建築は当時の伊東にとっても身近に感じられるテーマだったに違いない。

こうやって見てみると、モチーフとなった祇園祭にもキッチュに通じる属性があるだけでなく、祇園閣実現への局面の一つひとつにキッチュ性もしくはキッチュに隣接するなにがしかの要素が見て取れる。




【キッチュ愛】
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by office34 | 2013-12-23 18:43 | 街角の風景
2013年 12月 14日
キッチュの大衆親和性 ~キッチュ愛(9)
京都市内で目を引く建築をランダムに並べてきたが、いい加減に本題のキッチュ談義に戻らねばならない。そもそもキッチュとは何かといった定義のところで右往左往しているのが現状なのだが、関連する文献を読んでみても確乎たる定義は見当たらない。グリーンバーグ風にいえば、真正の芸術に対してその形だけを真似た偽物であり、下層階級の人々が抱くところの、普段は馴染みのない芸術的なものをお手軽に味わいたいという志向を実現するために作られるもの、といったあたりの説明になる。しかし、上流階級や下層階級がどうたらこうたらという設定が通用するのは遠い昔の話であり、それ以前に真正の芸術という話を持ち出した段階で、ではその真正さは何によって担保されているのかといった問題にもなってくる。

大量生産と大量消費によってその特質が語られる大衆社会がモダニズムなる思想やライフスタイルを生み出したのは確かだが、キッチュと呼ばれる事物が世の中にあふれるようになったのも、それと軌を一にしている。その意味では、キッチュはモダニズムの裏返しだとも言えそうなのだが、『モダンの五つの顔』という本(マティ・カリネスク著,原著は1977年,1987年に増補改題)にはキッチュの定義をめぐっての苦闘が吐露されている。
さて、キッチュとはなにか。それは低級な芸術である--その直接の語源が示唆するように芸術と文学の屑である、と言うだけで十分か。あるいは、キッチュとはまず虚偽の芸術であって、偽造、贋作、虚言といった一筋縄でいかないカテゴリーとの関連で判断されるべきだ、という考えに賛成すべきか。また、もしキッチュと虚偽の関係が認められるなら、その関係は、キッチュは「悪趣味」の同義語にすぎないという広汎な意見を説明できるか。そして、悪趣味とはなにか。悪趣味としてのキッチュは、おもに美的な枠組みで論じられるべきか。それとも、社会学的にある種のイデオロギー的な逃避として考えられるべきか。さらに、もし倫理的アプローチが正当であれば、一歩すすめてキッチュを神学的に、究極的には悪魔の仕業、咎められるべき罪悪として描けないか。これらの問いがキッチュとの関係で提出されてきたし、問題は、ある程度はそれらすべてが的外れでないことなのだ。
『モダンの五つの顔』(富山英俊+栂正行共訳,せりか書房,1995)
翻訳文ならではのまわりくどさはさておき、キッチュの特質をめぐってさまざまな議論がなされていることがわかる。「屑」「偽物」と断じるのも一つの意見であるし、当方も当初はそのように考えていた「悪趣味」という側面が強調されるのも事実なのである。倫理的とか神学的とかになるとすれば、それはおそらく悪趣味の中に美を追究する立場を問題にするものかと思うが、いずれにしてもキッチュなるものに対しては多岐にわたるアプローチがなされており、加えて引用の最後にあるように「ある程度はそれらすべてが的外れでない」という厄介な現実が横たわる。

さらにここへもう一つ特性を加えるとすれば大衆との親和性を挙げるべきだろう。大衆迎合性といってもいい要素だが、これはグリーンバーグの段階でも夙に指摘されていた。それがより明確になるのは建築様式の議論でキッチュが取り沙汰される時のことである。グリーンバーグの論調によれば、大衆は教養がないからコケオドシ的な威風に靡きやすく、ヒットラーやムッソリーニの全体主義体制はそれを巧妙に利用したとするところである。視点を日本に向けた時、類似の現象は井上章一氏の文章にも窺われる。戦時下で計画された「忠霊塔」のデザインが公募された時、伊東忠太ら大家の日本趣味も、岸田日出刀らモダニストたちの主張も退けられ、巨大なお墓と評されるシンプルなデザインが選ばれた。井上氏はそのことを「墓石をそのまま大きくしたようなデザインには、いわゆるアートとしての要素が希薄である。極めて大衆的な造形、すなわちキッチュそのものといってよい」と評する。また審査結果に対する当時の建築家の感想を引用しつつ「『普通の人が誰が見てもまあまあと思』える図案、『万人向きのする』図案。そうしたものこそが、この(=忠霊塔の)競技設計では求められていたのである」とも記している。このように、忠霊塔計画には、分かりやすさが前面に押し出されていたことはリアルタイムでも認識されていたらしく、そうした分かりやすさこそがキッチュであるという。これはヒットラーやムッソリーニが採用したコケオドシ的な威風とは異なりはするが、人々の心に浸透しやすいという側面では共通する。

なおグリーンバーグが言うところの「教養がないので」の部分が階級差ありきの視点から発せられているのはいうまでもないが、そうした視点に立たずとも、キッチュが広く人々の心を捉えやすいことは理解できるはずである。ここで分かりやすさの根拠そのすべてを教養の有無や階級の高低に求めるとすれば話はぶちこわしになろう。キッチュと呼ばれる文化現象が注目を集めるようになった初期段階なら教養や階級に問題を還元することができたかも知れないが、建築に限らず、映画にせよ音楽にせよ、あるいは文学や絵画その他あらゆるジャンルで発生した第二次世界大戦後の潮流を見れば、階級の高低だの教養の有無だのいった事象がキッチュと決定的な結びつきを持つわけではないことは明白である。カリネスクの前掲書では金持ちがレンブラントを自宅の階段に飾って見栄を張るケースもキッチュにカウントするが、そうした拡大解釈を待たずとも、現代社会ではキッチュ志向が普遍的な現象となっている。むしろキッチュという名を付されて貶められていた様式に、今まで見落とされていた価値を探ることの方が主流になっているというべきだろう。言葉を替えれば、キッチュを否定的にしか見てこなかった枠組み、すなわち真贋や美醜に絶対不変の基準を求める古典的な枠組みの見直しが求められているということである。

かつて尾上松之助が一世を風靡していた頃、谷崎潤一郎が苦虫を噛みつぶしたような感想を述べたという話も聞く(出典未確認)。谷崎自身が若いころは活動写真の脚本屋をやっていたというから、その話も草創期の映画に対する全否定とはニュアンスが違っている可能性もあるが、現在では芸術の一分野に収まっている映画も当初はキッチュに数えられていた。またグリーンバーグが代表的な事例で挙げているティン・パン・アレーもポピュラー音楽の発祥地だし、我々に身近なところでは日本の経済戦略の一翼を担うとされるクールジャパンを持ち出すのもいいだろう。クールジャパンの名の下で展開されている、かのコンテンツ産業は、その大部分はキッチュの括りに収まっていた事象に起源を持っている。

キッチュと呼ばれ、かつては低く見なされていたさまざまな現象が、21世紀の現在に舞台を移すと扱いが変わってしまうわけだが、そうした変貌ぶりもキッチュの特徴と言えそうだ。遠い昔がそうであったような、社会全体で共有されていた重たい価値観が失われ、多様性という看板の下で善し悪しの基準も見えづらくなっているのが現代社会であるとすれば、個別の事象が独自の価値を主張しやすくなっているということである。極端な言い方に走れば、昔の基準に照らしての評価に関わらず、声の大きな人が「これはいい!」と叫ぼうものなら、たちまちにして同調者が現れるといったことも起こりうる。キッチュそれ自体が大衆心理との親和力をもっていることに加え、ファッショ的な煽動に利用できることはすでに実証されているので、意図的に流行を作ることも可能なのである。もちろん作為的な流行に対しては頻繁に批判も起きてはいるが、巧妙に仕組まれて気づかぬうちに流行に踊らされていることもある。また流行は自然に起こるものではなくて作るものだとするのは、某業界では常識であるとも仄聞するところだし、現代がそうした業界に身を置く人の発言力の大きい社会であるのは、考えようによっては、社会におけるキッチュの役割が大きくなっていることの現れだろう。

さて、キッチュの定義をめぐって話を進めようとしたのだが、キッチュはさまざまな顔を持って現れることの確認が関の山のようだ。贋物性、低俗性といった古典的に指摘されてきたマイナス面が強調されることもあれば、キャンプと呼ばれる様式のように、もともとは悪趣味としか見なされていなかったにもかかわらず、独自の存在感をもって語られることもある。また現象面を強調するなら、大衆との親和性や煽動性は、キッチュの語源的な定義を覆すくらいのインパクトを伴う重要な属性である。キッチュなるものを考える以上、そうした曖昧さは持ち続けざるを得ないようだが、それを承知の上で、祇園閣をキッチュという文脈で考えてみたい。





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by office34 | 2013-12-14 20:03
2013年 12月 12日
古典・帝冠・キッチュ・モダニズム(3) ~キッチュ愛(8.3)
-エリア単位で特徴的なもの(三条通)-
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中京郵便局[明治35年/吉井茂則]
ネオルネサンス様式。外壁がファサード工法で保存されている。幅員が狭い三条通では建物に正対しようにも被写体との距離が確保できない。上の写真は複数枚をパノラマでつないだもの。

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京都文化博物館別館[明治39年/辰野金吾,長野宇平治]
ネオルネサンス様式。もとは日本銀行京都支店として建てられた。日銀が河原町通に移転したのち、京都文化博物館別館となる(昭和61年、修理・復元)。この時点での作業詳細は調べていないが、煉瓦の表面に古色さがみられないので、研磨したか塗装を加えたか、あるいは一度解体した後、新しい煉瓦を使って原型に忠実に作り直したかのいずれかだろう。



-エリア単位で特徴的なもの(北山通)-
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京都コンサートホール[平成7年/磯崎新]
ポストモダニズム?。モダニズムの定義もよくわからないので、ポストの方もなおさら。ただ磯崎新はその方面の文章によく登場しているから、ポストモダニズム様式としておく。

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京都府立陶板名画の庭[平成6年/安藤忠雄]
モダニズム?。コンクリートの打ち放しの建築をみると、パブ犬的に安藤忠雄?と考えてしまうくらい、安藤建築にお馴染みのデザイン。ただし名画の庭は上の写真の左半分だけで、右側は京都府立総合資料館(昭和38年,富家宏泰)。資料館はシンプルなモダニズム形式の建物だが、名画の庭と不思議とマッチしている。ちなみに名画の庭の建築面での特徴は、地下に掘り下げていく構造、ないしは地下に降りてから見上げる構造に見るべきところがあるので、地上からの写真ではわかりづらい。



-機能別(駅舎)-
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JR京都駅ビル・4代目[平成6年/原広司]


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京福電車嵐山駅[平成19年/森田恭通]





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by office34 | 2013-12-12 14:55
2013年 12月 11日
古典・帝冠・キッチュ・モダニズム(2) ~キッチュ愛(8.2)
-エリア単位で特徴的なもの(岡崎)-
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京都市美術館[昭和3年/前田健二郎]
帝冠様式(日本趣味)。寺院風の屋根が取って付けられたように載っているのが特徴。昭和初期にはこうした形で和を主張する意匠が相次いで建てられたらしい。


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京都会館[昭和35年/前川國男]
モダニズム。この建物はモダニズム建築の典型とも昭和の名建築とも紹介されるが、全景を捉えた写真はあまり見かけない。疏水ごしの西側壁面や正面ピロティだけを撮った写真なら当方の手許にもあるものの、全容がわかる写真はない。近くに鳥瞰できるスポットがないこと、同じ平面上からでは街路樹に遮られて全体の構造が積極的に意識されづらいこと、そういったあたりが原因で写真への記録が少なくなったのだろう。4枚目の写真は蹴上から大文字山に至るハイキングコースより望遠で捉えた岡崎界隈。なお現在は再整備のためにリフォーム中だが、「京都会館」という名前での施設は公式には閉館となっている。リニューアル後の名前は「ロームシアター京都」。


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京都府立図書館[明治31年/武田五一]
施設東面に旧館の正面がファサード工法で保存されている。


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京都国立近代美術館[昭和61年/槇文彦]モダニズム。京都タワービルや京都会館と、様式の上では同じカテゴリーに入ることになるが、見た目の印象はかなり違う。おそらく「モダニズム」の範囲が広いことや様式の定義が人によって異なるためだろう。






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by office34 | 2013-12-11 00:05
2013年 12月 10日
古典・帝冠・キッチュ・モダニズム(1) ~キッチュ愛(8.1)
昨日の投稿で様式から注目されそうな建築を並べてみたわけだが、やはり写真がないと見栄えがしない。かといって、単に被写体で当該建築物が写っているというだけでは用をなさない。様式云々をいう以上、その様式性が表現できているアングルからでないとここでの目的にそぐわないからである。そんなことを考えると、それぞれを改めて撮ってまわらねばならなくなるのだが、当面の措置ということで、手許にある写真でお茶を濁してみよう。


-単体でピックアップすべき建物-
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京都国立博物館[明治28年/片山東熊]
「古典様式」「ルネサンス様式」「フレンチ・ルネサンス様式」等で説明される。正面から撮った写真がベストだが、手許にないので斜めからのもので代用。wikipedia参照

長楽館[明治31年/T.M.ガーディナー]
公式サイトには「ヨーロッパの様々な建築様式を組み込んだ迎賓館」とある。写真なし。

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京都府庁旧本館[明治37年/松室重光]
公式サイトによれば「ルネサンス様式」。ルネサンス時代の建築に準拠するという意味ではネオルネサンス様式とする方が妥当か。モダニズムの視点からいえば「旧様式」

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祇園閣[昭和3年/伊東忠太]
帝冠様式(日本趣味)。大雲院拝観時に配布されるパンフレットによれば「祇園祭の壮観を常に披露したいと希って山鉾を模した」旨が紹介されている。それが事実であれば、「帝冠様式(日本趣味)」に則って設計されたわけではない。

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京都タワービル[昭和39年/山田守]
モダニズム。タワーの意匠が注目されがちだが、下部のビル部分はモダニズム建築に分類できる。「モダニズム」の定義は人によって異なるが、ここではwikipediaによる「逓信建築の先駆者的存在、モダニズム建築を実践し、曲面や曲線を用いた個性的、印象的なデザインの作品を残した」との記述(山田守のページ,2013.12.現在)に従う。






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by office34 | 2013-12-10 03:41
2013年 12月 09日
京都の近代建築 ~キッチュ愛(8)
バタバタが続いてブログの方が放置モードに陥っている。もっとも、祇園閣からキッチュ論へと手を広げ、さらには昭和初期の建築様式といった問題まで視野に入れようと目論んでいたので、放置モードの原因はバタバタではなく、基礎情報の整理に手間取っていることである。

たとえば手を広げた一つ、井上章一氏『戦時下日本の建築家』。副題に「キッチュ」という言葉が含まれているところからを読んでみたわけだが、面白いと思いつつも、きちんと理解するためには一通りの建築史を理解しておかねばならない。同書は従来行われていた建築史に一石を投じるものらしいが、そもそもの前提になるところが理解できていなければ、評価も拙速なものになってしまう。

この本に限らず、まとまった著作物には、たいていいくつかのキーワードが仕込まれている。同時に一定のスパンを見通した歴史叙述の形をとる場合はキーパーソンが登場する。『戦時下日本の建築家』で中心に置かれるキーワードは「モダニズム」だろう。建築に携わる人々、一言で建築界といえばいいのか、それとも建築学界というべきかは措くとして、そうした人々の間でモダニズムが注目されるようになった頃、当時の主流派はどのようなスタンスでいたのか。そしてモダニズムを積極的に取り入れようとしていた人々は肝心のモダニズムなるものをどのように解釈していたのか。さらにモダニズムの推進派が斯界の中堅となった頃、若手の間に芽生え始めていた新しい動きとはどのようなものだったのか。おもにそうした視点に立って昭和二十年代~三十年、戦時下さらに終戦直後の動きが分析されているのである。そして、それぞれの局面を代表する建築家として伊東忠太、岸田日出刀、丹下健三が呼び出されている。伊東がモダニズム以前の大家であり、岸田はモダニズムの旗手。そして丹下がモダニズムを越えようとしていた若手といった位置づけである。

注意せねばならないのは、ここで展開されているのは井上氏個人の見解であって一般論ではないということである。「むすび」でも触れられているように、この本のもととなった論文に対しては芳しい評価は得られなかったという。端的にいえば手厳しい否定意見が少し寄せられただけで、無視に徹するというのが大勢だったらしい。『美人論』でメディア的にも注目を集めた井上氏なのだが、著述界へのデビューがこうした華々しい(?)ものだったというのは、やや意外なところでもある。ともあれ、当方は建築史の門外漢であることは変わらない。そうした門外漢が十分な基礎知識を持たないまま、非主流派の主張を最初に読んでしまったのは失敗だったと言わざるを得ないのだが、日本の近代建築史における問題点を意識する上では役立つと思う。

さてゴタクばかりが長くなってしまった。祇園閣をキッチュという言葉で捉えられるのかどうかという問題なのだが、検討の前提として日本近代の建築様式の流れをバクっとでも抑えておかねばならない。ということで、様式面から注目されることの多い建築物をいくつか並べてみる(ファサード工法で外見のみが保全されているものも含む)。もっとも選別にあたって統一的かつ説得力のある基準は用意できないので、思いつくままランダムに挙げ、適当に分類したのみである。
[ ]内は竣工年/設計者。すべてネット依存につき詳細未確認。


-単体でピックアップすべき建物-
京都国立博物館[明治28年/片山東熊]
長楽館[明治31年/T.M.ガーディナー*]
京都府庁旧本館[明治37年/松室重光]
祇園閣[昭和3年/伊東忠太]
京都タワービル[昭和39年/山田守]
長楽館の設計者T.M.ガーディナーについては詳細不明。立教大学学長とする記述もあり、それであればJ.M.ガーディナーのことかも知れない。


-エリア単位で特徴的なもの(岡崎)-
京都市美術館[昭和3年/前田健二郎]
京都会館[昭和35年/前川國男]
京都府立図書館[明治31年/武田五一]
京都国立近代美術館[昭和61年/槇文彦]
エリアとしての文教色が強いせいか、個性的な外観の施設が多い。京都市勧業館みやこめっせの建物をここに加えるのも一興か。


-エリア単位で特徴的なもの(三条通*)-
中京郵便局[明治35年/吉井茂則]
京都文化博物館別館[明治39年/辰野金吾,長野宇平治]
三条通の烏丸・寺町間にはこの他にも、SACRAビルや1928ビルなど、レトロ建築がたくさん残されている。


-エリア単位で特徴的なもの(北山通*)-
京都コンサートホール[平成7年/磯崎新]
京都府立陶板名画の庭[平成6年/安藤忠雄]
平成になって雰囲気を一変させた界隈。安藤忠雄や高松伸設計のテナントビルが並び、通りの街並み自体がデザイン性に富む。


-機能別(駅舎)-
JR京都駅ビル・4代目[平成6年/原広司]
京福電車嵐山駅[平成19年/森田恭通]

-機能別(大学)-
同志社礼拝堂[明治19年/D.C.グリーン]
龍谷大学大宮キャンパス本館[明治12年/?]
京都大学時計台[大正14年年/武田五一]


以上、思いつくままに並べてみたわけだが、より積極的に様式なるものに着目して整理するならどうなるだろうか。京都を舞台に近代建築の流れを年表風にまとめるなら、同志社のキャンパスや中京郵便局に見られる煉瓦造りの建物が最初にくるはずである。続いて長楽館や国立博物館のような、西洋テイストをそのまま移植したものがくるに違いない。これらが近代の初期段階であるなら、その担い手たる設計者は西洋人もしくはその指導を受けた人々である。伊東忠太を筆頭に明治末から大正、昭和初期にかけての大家がここに相当することになり、その作品は井上氏が「クラシック様式」とか「旧様式」とかの言葉で説明するところのものだろう。

西洋テイストを前面に押し出していた初期段階に対して、和風志向が高まったところに「帝冠様式」なるものが提唱される。もっとも用語を厳密に用いるなら「帝冠様式」という言葉で説明できる建築物はさほど多くないらしく、伊東忠太ら旧様式の大家たちが手を染めることになるコンクリート建築に和風の屋根を載せたスタイルを井上氏は「日本趣味」という言葉で捉えなおしている。次世代の建築家が批判の矛先を向けるのもこの中途半端感に満ちあふれた「日本趣味」に対してであった。この「日本趣味」で造られたものを京都の事例で探せば、京都市美術館であり、当方の課題である祇園閣はまさにその一群に入る。この様式は、井上氏によれば旧様式が衰退しつつ、次世代を担うはずのモダニズムがまだ力を持ち得ていない状況下で生まれたものらしい。いわば時代の狭間で鬼っ子的に生まれたものということだろうか。祇園閣碑がどれだけ祇園閣を称揚しようとも、その見栄えに対して素直に感心することができなかったところからそもそもの話は始まるのだが、この様式が鬼っ子的なものであるとすれば、なんとなく納得もできる。

とはいえ、その特徴をキッチュという言葉で捉え直せるかというと、それはまた別問題である。





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by office34 | 2013-12-09 02:28